振り返る


「私、中学時代いじめられてたんだ」

 だから少しだけ愚痴らせてください。
 そう変に切り出せば、彼は静かに本を閉じどうぞと続きを促してくれた。

「……え、良いの?」
「言いたい時に叫ぶのが一番のストレス発散法なんじゃない?」

 自分から言い出しておいて何だけど、正直返答なんて期待していなかった。要するに独り言感覚で呟いていたので、まあその、何だ。ちょっと嬉しい。目を細めて少し心を落ち着かせると、その間に彼は椅子ごと私の方を向いた。

「頭が空っぽになる時間って少なからずあるよね? や、別に無くても良いんだけど。とりあえず私の場合、眠る前の布団の中がそれに該当しててさ。ふと中学時代のことを思い出してたら、いつの間にかちょっとだけ泣いちゃって」

 や、本当にちょっとだからね?
 ちょっと、と人差し指と親指を限りなく近づけて、その隙間から彼を見る。数ミリも無いような空間で目が合った。心臓が大きく脈打つ。

「女子って恐ろしいよ。仲が良いなーとか思ってた友達にあっさり裏切られるんだもん」

 ふと辺りを見渡せば誰も居ない。午前授業の放課後の教室なんてこんなもんだ。残っている生徒と言えば、何か用があるか相当な変わり者ぐらい。ちなみに言うと、私たちは後者だ。

「陰口大声で吐いちゃってさ。ばっちり本人様に聞こえてるって言うね」

 今思えば笑っちゃうよ。そう乾いた笑いを漏らせば、釣られて彼も笑う。……なんて言うことはなかった。そうやって、変に人に合わせないで自分を通す彼を少しだけ羨ましいと思った。

「いつの間にか周りの人もおもちゃ感覚で盗られちゃって」

 一人、また一人。目を閉じれば、私の中の友達枠から消えていった人が浮かび上がってきた。かと思えば、枠移動して蔑んだ目をして私を見てきた。記憶から即座に消去する。

「テスト期間なんてさ、勉強がはかどるからこりゃ良いやとか思って偽ったりね。今思えば相当なポジティブ系変人だったよ」

 まあ、結果は散々だったんだけどね? 目を閉じたまま机の上に放置したペンを取り、回す。視界が暗いままに行ったせいで、一回りも出来ないままにそれはカツンと床へ着地した。

「それでも耐えてきたんだ。耐えていられたんだよ」

 やっと瞼を開ける。まだ少し日が高く、彼の後ろから漏れてくる強い光に目を細めた。

「男子になりたかったなぁ。日暮君みたいな」
「じゃあ僕は光浪さんになりたかったな」

 今までだんまりを決め込んでいた彼が突如返答を始め、細めていた目を元に戻す。私の気持ちを汲み取ってくれたのか、カーテンを閉め光を遮断してくれた。ぼやけていた輪郭が鮮明になる。けれど、とんぼ返りしたみたいにまたぼやけてしまった。

「女子になりたいんじゃなくて?」
「うん」

 僕が代わりに光浪さんの苦しみを受けたかったな。おどけているようには到底見えなくて、真面目な顔で君は言う。何だかプロポーズのそれと酷似しているような気がして、笑った。

「変わってるね」
「よく言われる。主に光浪さんに」

 今日、初めて彼の笑顔を見れた気がする。椅子に座り直した日暮君は、先ほどよりも随分と近い距離に移動していた。

「今はマシだよ。ずっとマシ。日暮君が居るからね」

 そこで口を固く結ぶ。言うべきか、言わざるべきか。もしかしたら引かれるんじゃないか。そんな可能性達を浮かべてすぐに消した。そんな面倒なことを出来る人じゃ無い。

「……泣いても良い?」
「どうぞどうぞ」

 手を広げて待つ彼の姿にやっぱりと心の中で微笑む。
 腕に収まれば、優しい体温に包まれてやっと声を上げた。


振り返る
(たまには思い切り吐き出すことも重要だと思うんです)