夏に花火はコタツでラーメンぐらいに定番


 夜だというのにいつも怯える対象である闇が今夜だけは存在せず、遠くで太鼓の音と共に叫び声や笑い声がぼんやりと僅かに聞こえてくる。それらの音色をかき消すかのように、すぐ近くの木に止まった蝉がじわじわと鳴き出した。
 塀の向こうの更に向こう側で行われているであろうお祭りの光が微かにここまで届いていて、それは少しだけ物悲しい気持ちにさせる。
 私も彼と一緒に行きたかったな……。そっとため息をついた私は、小さく切り離されたように感じてしまう庭で一人楽しそうな音と光を視覚と聴覚のみで楽しむので「おいうるせえよ静かにしろ」

「何、乙女がちょっと鬱になっているっていうのに茶々なんか入れてきて」
「全部口に出てんだよ。お前はどこのポエマーだ」
「スイカうめえ」
「人の家に勝手に上がり込んできて何食ってんだよ。ってかお前いつ家に入ってきた。そしてそのスイカ俺の冷蔵庫に入ってたやつだろ」
「大丈夫、みーくんの分も切っておいた」
「ああ、ありがとう……じゃねえよ。誰だよみーくんって、俺名前あきらなんだけど。掠りもしてないんだけど」
「スイカめっちゃうめえ」
「聞いてくんない?」

 今の時代では割と珍しい縁側で腰掛けていると、後ろから家の主が帰ってきた。切り分けておいたスイカを一つ差し出すと、複雑な表情で受け取った彼もまた並んで二人、腰掛ける。

「どこに行ってたの?」
「夕飯買いに」
「折角のお祭りなんだから屋台で済ませちゃえば良かったのに」

 頬を膨らましながら体育座りでのの字を書くと、「ごめんな」と頭を撫でてくれた。元々行事ごとには無関心な彼のことだ、お祭りのことなんてすっかり忘れていたんだろう。スイカを一欠片口に含み、もごもごと種以外の箇所を飲み込む。

「……ねー、種って植えればいつか芽が出てくるよね?」
「お前ってそんなに脳が足りてなかったっけ?」
「このスイカの種ってまいたらスイカになるかな?」
「ここ俺の家だから止めろよ?」

 口の中に種だけを溜めて、むぐむぐと話し掛ければいつもの呆れたような声が返ってくる。段々と種から旨みが無くなってきて、ほとんど味を感じられない状態にまでなってしまっていた。

「よし、どっちが遠くまで種を飛ばせるか競争しようか」
「出来れば俺の話を聞いておいて欲しかった」

 彼の声を聞かなかったことにし一粒だけを待機させ、簡易的な発射準備を終わらせる。後は発射するだけ。思い切り一粒飛ばし自分でも分かるぐらいに清々しい顔で彼の方を向いた。

「あ、ごめんそっち飛んだ」
「どう間違えればお前の口から発射された種が九十度曲がってこっち飛ぶんだよ。間違いなく俺狙ったろ」
「ごめんなさププププ」
「もう良い。もう良いからこっち見て喋んな。全弾俺に直撃してるから」

 ちくしょうティッシュ取ってくると言って立ち上がり、奥の部屋へと消えていく彼の後ろ姿をそっと眺める。
 やっぱり気付かないか。本当、そういうのに無頓着なんだから。いつもより少しだけ動きにくい足をバタバタと感情に任せて動かすと、若干浴衣が崩れてしまい慌てて直す。折角お婆ちゃんに無理を言って着せてもらったのに、これじゃあ無駄な努力に終わってしまいそうだ。

「ただいま」
「おー、おかえり」

 ティッシュの箱と共に団扇を二柄持ってきて一つ、私に手渡してくれた。「あー」なんて間抜けな声を出しながら顔面に風を送っていると、ふと袖の下に違和感を感じる。……そういえば。

「私今良いもの持ってるんだ。知りたい? 知りたい?」
「ダンゴムシ? 蝉? カマキリ?」
「何で選択肢が昆虫まみれなの。私は小学生か」

 袖に勢い良く手を突っ込み、丁度角の方へと移動してしまったそれを手にする。

「ふふふ、じゃーん。花火セット」
「おお、珍しく気が回るな」
「に入ってたねずみ花火」
「前言撤回させてくれ。お前やっぱり馬鹿だろ」

 くるりと円形に組まれている花火を取り出すと、パシリと頭を叩かれた。痛い。

「良いじゃん別に、楽しいよ」
「チョイスがおかしいんだよ」

 ぴょん、と飛び降り地面にしゃがみこんで花火を置く。どう考えてもねずみには程遠い姿に命を吹き込んでやろうときょろきょろと辺りを見渡した。

「今マッチとか持ってる?」
「いや、無い」
「仕方ない私のマッチを使おう」
「何で今俺に聞いたんだよ」
「さあいざ参らん! 祭りだ! ひゃっほー!」
「……ちょっと待って」

 ひゃっほーの掛け声と共にマッチを擦り火を付けようとすると、腕を掴まれ強制的にひゃっほーを止められてしまった。何をする。

「えー、お祭り行かないんならこれぐらい許してくれても良いじゃん」

 眉間に皺を寄せる彼に対し私も対抗するかのように眉を寄せる。そんな私の姿を見て更に彼の眉間の皺が深くなっていた。

「そうじゃなくて。お前今浴衣着てるだろ」
「……え」

 気付いてたのか。……いや、服装自体には気付いていたとは思うのだけれど、そのことには触れてこないものだから何も感じていないとばかり思っていた。何だか急に変に意識してしまって、一気に気温とはまた違う熱さが体中を駆け巡り体温が急上昇する。

「お前興奮すると叫びながら何故か走り回るからな。折角の浴衣が汚れる」
「私は猿か」

 そして急下降した。

「ちくしょおおお行け私のねずみ花火! あいつにたいあたり攻撃!」
「ちょ、何どうした落ち着け!」

 火が付いたままだったマッチを花火の先端に押し付けそのまま勢い良く投げ付ける。『花火を人や家に向けたり振り回したりしないでください』とか袋に書いてあったような気がするけどこの際無視だ無視。この雰囲気ブレイカーが。来週のお祭りに絶対『可愛い』って言わせてやるから覚悟しとけこの野郎!
 逃げ回る彼の姿を睨みつけながら小さく誓いを立てた、本日七月二十九日での出来事。


 夏はまだまだこれからだ!
(熱っ熱い! ……ってあれ、何か顔赤くね?)(うっさい!)