ラブレター
「……あんた何してんの」
子供に混じって一番背の高い鉄棒にぶら下がっていると、後ろから声が聞こえびくりと手を離してしまった。勿論重力に逆らえるはずもなくそのまま一直線に転倒、強かにお尻を打ち付けてしまった。痛い。
「なな何するのろんちゃん!」
「それはこっちの台詞。何してるの?」
「見て分からない? 背を伸ばしてるんだよ!」
ほら、少し大きくなったでしょうと自分の頭の上に手のひらを置きそのまま彼女の方へとスライドする。見たところ変化は無いわねと相変わらずクール&ビューティーな親友は溜め息を吐いた。
「そんなことやってる場合じゃないでしょ……」
「い、いや……だってあの人背が高い人の方が好みだって言ってたから……」
「数分そこらで劇的に変化が訪れるわけないでしょう。だとしたら地球上が長身で溢れかえってるわ」
「シャラップ! 現実的な意見は求めてないよろんちゃん! 今は背が伸びる可能性が少しでも存在してるかどうかが重要なんだよ!」
「だからその可能性が無いって言ってるの」
ピシリとデコピンを喰らい、思わず目を瞑って額をさする。その拍子に手紙が一枚、ひらりと手から滑り落ちてしまった。ひょおおおと自分でもどこから発したのか分からないぐらいの奇声を上げ、慌てて地面から拾い上げる。勢い良く手紙を手にしたせいか、地面の土が爪の間に入り込み何とも言えないような気持ち悪さが爪先に現れてしまった。
「やっぱりまだ渡してないのか……」
「す、少しでも理想に近付いてから渡したいの!」
「無理に自分を作って行っても意味無いって。……まあ、そんなに言うんだったら私のハイヒール、履く?」
「学校帰りになんてもの履いてるのろんちゃん。けど助かる! 貸して!」
「はいはい。じゃあ行ってらっしゃい」
少し踵辺りに空間が出来てしまったけれどまあ、よっぽどのドジを踏まない限りは転倒することは無いだろう。ブランコの周りで子供達と遊んでいる彼をちらりと覗き見ると、そこの場所だけ日光がより強くキラキラと光っているように見えて、まるでそこだけが切り取られてしまった別世界だと言うかのように楽しげな時間が忙しなく流れていた。
「……よ、よし! 私髪とか変なところ無い? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫可愛い可愛い。行ってらっしゃい」
「軽く流された感が否めないけどありがとう行ってくる!」
彼女の方に手を振りながら恥ずかしさや緊張、ぐちゃぐちゃに混ざり合った様々な感情を誤魔化すように走り出す。……走り出したのがいけなかった。
案の定よっぽどのドジを踏んで履き慣れていないハイヒールで足を思い切り捻り、その痛みに藻掻く時間も無いまま転倒。走る速度が落ちないまま顔から地面に着地し、そのままスライディングしてしまった。我ながら見事な転び方だ。
「く、くおおぉ……うおああぁ……」
痛みに必死に耐えながら手紙の安否を確認するため右手を見る……が、ラブレターなんて物は最初から存在していなかったかのように忽然と姿が消えていた。え、何で。
「ってうあああああ!」
慌てて視線だけを前に向ければ、子供達が密集している足元に手紙は落ちて……いや、踏みつけられていた。多分その場にいる全員が手紙の存在そのものに気付いていないのだろう、地面に落ちている異物を気にかけているような人物が一人も存在しなかった。もみくちゃにされている手紙は茶色に染まってしまっていて、今にも土と同化してしまいそうだ。
……ああ、もうこんなはずじゃ無かったのに。じわりと滲んでくる視界に伸びてくる腕と拾われた手紙。ろんちゃんが呆れて拾ってくれたのかな。
「大丈夫?」
「あ、ありがと……う?」
どきん、心拍数が急激に上昇、どくどく、生きていると主張する音が耳の側にまで聞こえてきて、暑い、頬に集まる血液、熱い、体温も釣られるように上昇、震える身体、大好きな彼の……え、嘘でしょ。
「盛大に転けたみたいだけど……」
「い、いえいえ大丈夫です!」
……私が何度も思い描いていたシチュエーションはこんなはずじゃ無かったのに。
不慮の事態が発生致しました
(助けてろんちゃん!)
「……あれ、これって僕宛?」
「や、ヤギの餌にするんで気にしないでください!」
(何やってんのあの子)