PM 3:14


「……それで?」

 アップルティーで喉を潤し、テーブルを介して目の前の席に座る同い年だと思われる青年……少年?に先を促す。

「結局、そのアンドロイドは彼女の後を追って自然と力尽き消えてしまったよ。
世の中にある万物は全て、平等に終わりが存在するものだからね」

 物語の内容とは相反して至極楽しそうに話す彼に、少しだけ違和感を感じた。違和感というか、これは一体どう表現すれば正解に近づくのだろうか。孤独感? 疎外感? 隔絶感? ……既視感?

「ふうん。それで、そんな後味の悪いお伽話を聞かせて一体どういうつもりなの?」

 軽い口調で話しかけてはいるけれど、彼と私は全くの初対面だ。
 高校での授業を一通り済ませた放課後、どこかで暇でも潰そうかと一人駅前の広場を彷徨いていたら、突然声をかけられほぼ強制的に近くのカフェで紅茶とケーキを奢らせてもらっている。

 初めはかなり強引なナンパか何かかと思っていたけれど、どうやら少し違うようで。椅子に座るなり、彼は簡単な前置きをして突然語りだしたのだ。それこそ、口を挟む隙を与えないぐらいに。

「そう、それで初めに戻るんだけどさ。
貴方は異次元とか別世界だとか、そんな非現実的な存在を信じていたりするのかな?」

 身振り手振りで話す彼に少しだけ考え込み、アップルパイにフォークを突き刺した。

「……信じていないって、そう言ったらどうするつもり?」

 そう答えながら、物語の中のアンドロイドに思いを馳せてみる。彼は一体どんな想いで一人の少女を世話し続け、そしてどんな想いで朽ちていったのだろう。
 最期まで彼は救われていたのだろうか。
 それは多分、彼自身にしか分からない複雑な議題なのだろうけど。

「信じていてもいなくても別に良いよ、後でどうにでもなるから。
じゃあさ、転生だとか生まれ変わりっていう現象を貴方は信じてくれるかな?」
「……さあ、どうかしらね?」

 嬉々として問われた疑問符に疑問符で返し、アップルパイを口に含む。生地が硬い割に中が温かくとろけていて、噛めば噛むほど甘味が増していく。うん、美味しい。

「……酷いなぁ。本当は気付いているんでしょう? 僕に話し掛けられた時点で、もう」
「…………」

 行儀が悪いと知っていても尚のこと、フォークを咥えたまま視線を彼から逸らせば何とも楽しげな笑い声。何か反論しようと向き直れば、手に手を重ねられ食器を口から抜き取られてしまった。

 銀の苦味と冷えた独特の感触の代わりだとでも言うように、暖かく柔らかい感触に唇を覆われ目を細める。その感覚が何だかとても遠い出来事のように懐かしくて、そして少しだけ切なくなった。

 長い長い数秒の後、やっと彼が唇を離してくれて、耐えきれずに肩で息をする。恐る恐る目を開ければ、彼と目が合ってしまい頬が徐々に熱くなっていった。

「……アザレア」

 思わず前世の彼の名を小さく呼ぶ。最期に彼の名を呼ぼうとして、けれど声が出なくて、紙に伝えたい言葉だけを書いた。そんな古い記憶が頭の中に鮮明に蘇った。
 私の言葉が聞こえたのか、少し目を見開いた彼は少し硬直して戸惑っているようで、思わず微笑んでしまう。……変わらないなぁ。

「うん、暖かい。それに酷く甘いや」

 彼はそう言って泣き出しそうに笑った。


 それは一つのお伽噺でした
(そして二人の『人間』のお話は)(これからゆっくり、少しずつ紡がれていくのです)