はっぴーはろうぃん!
「ぎにゃぁぁぁああぁぁぁ!」
だっだっだだだ、と豪快な足音が屋敷の隅から隅まで鳴り響く。
無駄に長い銀色の髪をうっとおしく思い頭を振って払いながらも、足を止めることは無い。走っている際の掛け声兼奇声も屋敷中に足音と共に響き渡る。
丈夫とは言えない無駄に広いこの屋敷は、私の足が踏み出す反動で今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
コウモリ達が同士で話をしつつ引いた目でこちらを見ているが、気にしない。気にする余裕もない。
廊下の窓から外を覗き見ると星が瞬いており、それとは相対的に月が灰色の雲で隠れているのが見えた。
ぜぇぜぇと肺に酸素を満たしつつ、全力疾走したせいで笑うように震える足を急停止させる。そして、この小さな短距離走のゴールである扉の前に立った。
無駄に大きい扉は、まるで私を見下しているようにも見えた。一瞬迷ったけれど、右手で不器用ながらもラッピングしたアレを確かめるように再度しっかりと握る。
入る前に乱れた息を整え、深呼吸。こういうときの呼吸は「ひっひっふー」で合ってたっけ。
ひっひっふー、と繰り返し息を肺に取り込む。よし、いざ御用改めであ
「誰だ俺様の部屋の前で出産しようとしてる奴はぁぁぁ!」
「ぎにゃあぁぁあぁぁ!!」
御用改めである、と時代劇のテレビで見た台詞を心の中で唱え、乗り込もうとした扉がひとりでに開いた。いや、中から誰かが開け放ったのだ。その拍子にドアノブへと伸ばしていた手が「ゴキィ!」と嫌な音を立ててあらぬ方向へと曲がった。
折れた! これ絶対折れたよ!
「なな、何しやがるんでござるぅぅ!!」
床に勢いよく転がりながら体を丸め、どたどたと騒がしく寝返りを打ちながら痛む左手を必死で舐める。
「何だ、てめぇかよ。何の用だ」
「とりあえず私の腕の賠償金を求めるでござるですぅぅぅ! 絶対骨折れた!! これ絶対骨折れた!!」
「賠償金じゃねえだろ、治療費だろ。てめぇは物か」
欠伸をして目の前の人物は私を見下す。月の光で、欠伸のときに覗いた牙がキラリと反射した。
「私の腕が使い物にならなくなったらどうするつもりだったんですかでおじゃる!」
「舐めときゃ直んだろ。それと語尾を統一しろ。人間に憧れるのは分かるがテレビに影響されすぎなんだよ」
じゃあ俺寝るから、と言い放ちユーターンしようとする彼を慌てて引き止める。もうすでに腕の痛みは欠片も残ってはいなかった。
「ちょ、ちょっと待つでおじゃる!」
「何だよ」
眠いせいなのか、いつもの鋭い目つきがたれているように見える。
「今日は何の日か分かるでござるますか?」
「あー……?」
すでに寝床である棺桶に足を片方突っ込んでいた彼は、私の言葉に首を傾げる。
「……何だ、時代劇の再放送日か?」
「違うでござる!! い、いや合ってるでおじゃるが」
確かに今日は時代劇の再放送だけれど、すでに録画予約は済んでいるのだけれど、もっと大きな、イベント事があるじゃないか…!!生まれたときから付いている細長い灰色と白のシマシマな尻尾を振り回しながら、彼の次の言葉を今か今かと待っていた。
「あ」
ぽん、と何か思いついたように握られた右手を、開いた左の手のひらの上に置く。これが漫画やアニメの世界だったとしたら、彼の頭の上には電球が浮かび上がり光っているのだろう。今日が何の日か思いだせたのだろうか。思わずキラキラとした視線を送る。
「一年前の今日、俺様の限定版だったプリンを食べたよな」
「何でそんなこと覚えてるでござるか。根に持ちすぎでおじゃる」
思わず手が滑りさっき折れかけていた左手でアッパーを食らわせたくなったが、何とか堪える。落ち着け。Becool私。とにかくこういうときは深呼吸だ。
「ひっひっふー、ひっひっふー」
「だからてめぇは何を生むつもりだよ」
「え」
これが人間式の深呼吸じゃなかったのか。目を見開くけれど、本来の目的を思い出し、ドラキュラである彼の方へと向き合う。