「今日はそんな日じゃないでござる。というより私がそんなこと覚えてるわけないじゃないでおじゃる」
「は? 俺様にとっては人生で五十二位ぐらいに大事なことなんだよ」
「何その反応しづらい順位。盗られたくなかったらプリンに名前でも書いておけでおじゃる」
「馬鹿じゃねえの? グチャグチャになるじゃねえか」
「容器に書くっていう発想は無いのでござるか」

 あああ、駄目だ。彼のペースに取り込まれてしまう。ブルブルッと体を震わせ、気持ちを強引に切り替える。その姿は正しく猫のよう。いや、私は猫娘なのだけれど。

「じゃあ何だ、今日は人間の教科書を買ってやった日だったか?」

くせが強い黒髪を無造作にかき回しながらそう答える彼。

「あ、そういえばそんなこともあったでごじゃるですな」
「あぁ……そういやあれ、最近見ないんだがどうしたんだ?」
「教科書に『再生紙使用』って書いてあったでござるよね?」
「あ? ああ…そうだな」
「へえ、再生するんだーと思って破りまし」
「馬鹿か」
「ぎにゃっ」

 物凄い音を立て、私の耳と耳の丁度間の部分の後頭部がはたかれた。頭がバキャッて言ったよ、バキャッて。

「脳! 脳が出るでござるぅぅぅぅ!!」
「大丈夫だ、いざとなったら放置しておく」
「治療して欲しいでおじゃるぅぅぅ!!」

 ごろごろと床を転がりまわる。尻尾で床を激しく叩き、痛みをさりげなく訴えた。息を荒くしながらやっとひいた痛みにほっとしながらも立ち上がる。
見えないけれど、きっと私の耳はしょぼくれたように垂れているであろう。尻尾も耳に合わせるように力を無くしていた。

「……あ? これは何だ?」

ふと、横で彼がしゃがみ何かを拾い上げた。そ、それは……。

「ぎにゃぁぁぁぁ!!」
「な……!? な、何だよてめぇ、どうした」

 尖った爪を光らせ、跳躍し勢い良く彼の手からソレを奪い取る。彼の手を思わず引っかきそうになったが、どうやら無傷のようだ。良かった。ふぅ、と息の塊を吐き出して彼と向き直る。

「今日は、ハロウィンなのでござる!!」

満面の笑みでそう言うと、呆然としていた彼は「ああ」と納得したような顔に戻った。

「あれか、人間達がお化けとなって家を点々と周り菓子を巻き上げるイベントか」
「そんなダークなイベントでは無いと思うでおじゃる」
「カボチャの中身を引きずり出して、顔面をえぐるイベントだよな」
「言い方。言い方がホラーでござる」

 段々そんなイベントな気がしてきた。……ま、まあいいや。私はこれを渡せれば良い。

「では……」

ごほん、と咳払いを一つして、手に持っていた物を勢い良く突き出す。

「トリックアンドトリートォォォォ!」
「選ばせる気ゼロか。二択っつーか一つしか選びようが無ぇな」
「あれ、違ったでおじゃるか?」
「ああ、子供達の間で乱闘が起こりそうになる間違え方だ」

 呆れた目で見る彼の言う事は良く分からないけれど、とりあえず早くこれを受け取って欲しい。伸ばしすぎてちょっとプルプルしてきたからね、私の両腕。

「……で、これは何だ?」
「え……、だから、プレゼントでおじゃる!」

 はい、とプルプルしている両腕で綺麗にラッピングされたソレを差し出す。

「……ハロウィンにプレゼントなんて必要あったか?」
「え…トリートってプレゼントのことじゃなかったでござるか?」
「あー…いや、貰っとくわ。ありがとな」

 ふわり、と意地悪そうな目を細め嬉しそうに笑う彼に釣られて笑ってしまう。