……それが、十時間半前。何回悔やんでも悔やみきれない十時間半前。

 いや確かに今日は嘘を付いても良い日、だということは知っているけれど。それでも達成感より罪悪感の方が勝ってしまうから仕方がない。
 確か、あいつは今日は放課後に委員会があるから遅くなるだとか話していた。今も多分委員会の最中だろう。いや、もしかしたらすでに終わっているのかも。

 昇降口の前で「ちくしょー! 騙されたー!」と悔しがる彼の姿を想像すると口元が自然と緩む、けれど。その反面、びしょ濡れでとぼとぼと家に帰宅する姿が頭の端にちらつき心が痛くなってくる。

 風邪をひかれたらさすがにエイプリルフールどころの騒ぎじゃなくなるだろう。後々のことに響いてしまう。まあ頑丈な体をしているからまず無いとは思うのだけれど……それでも、心配なものは心配だ。

「……仕方ない」

 迎えに行こう。嘘を付いてしまったお詫びだ、帰りに彼の好きなたい焼きでも奢ってあげようか。そう心に決め、傘を手に持ち玄関を小走りに飛び出した。

 外は先ほどよりも風が弱くなり、雨もほんの少しだけ弱くなった気がする。それでも雨が降っている、ということは揺るぎない事実であって。
 そんな中、ビニール傘を差しぱしゃぱしゃと水音を響かせながら毎日通っている道を小走りに通る。彼に渡す青い傘をしっかりと手に持ちながら。

 ローファーなんて履いてくるんじゃ無かった。走りにくいったらありゃしない。時間が時間なだけあって、外もそれなりに暗く時折水たまりに足が救われそうになってしまう。それでも歩く、歩く、走る。間に合って欲しい、そう一心に思いながら。
 そんな私の足元で小さい鳴き声。……鳴き声?

 思わず足を急停止させ、ムーンウォークみたいに後ろ向きに数歩、戻る。ちらり、傘から覗き見るように確認すれば小さな物体がもぞもぞと動いていた。それが何かを判別した私は、思わず近くに歩み寄りしゃがみ込んでしまった。

「……にゃー…ぁ…」

 小さく震えてうずくまるそれはやはり、子猫のようで。水滴によって染められた灰色と元々の白が入り混じった毛並みが、雨でぐっしょりと濡れたせいか、それとも元々衰弱していたのか、やせ細っているように見える。にゃー、と絞り出すような声が切なく、何故かこっちが泣きそうになってしまった。

「……猫ちゃん、大丈夫?」
「……にゃー……」

 私の言ったことが分かるかのように返事をした子猫に驚き、少しだけ目を見開く。ほんの少し開いた目がこちらに訴えかけるように向いていて、思わず息を飲みこんだ。それからずっと寒そうに、私に呼びかけるように鳴き続ける子猫。……駄目だ、放ってなんかおけない。

 けれど私の家には猫アレルギーのお父さんが居る。そのせいで我が家の家訓に『家に動物を連れ込むべからず』とかいう項目が追加されていた。それどころか、猫の毛が付くからって言って動物にも触れさせてくれた事がない。信じられないようだけれど、生まれてこのかたずっと。一度も。

 だから私が家で引き取るわけにも行かない。それに、あいつも放置するわけにもいかないし。いっそのこと無視してしまおうか、そんなことも考えたけれどすぐに却下。出来るはずがない。

 ああもう、どうすれば良いんだ。どんな小さいことでも良い。何か、私にでも出来ることがあれば。


「……そうだ」