「くそぅ、何でこの時期になると」

 カップルが増えるんだ! と寒空に向かって叫ぶ。その声に反応するかのようにはらはらと雪が舞い落ちてきた。何、新手の嫌がらせか。手袋ごしに手に息をかけ、擦る。鼻を鳴らしてマフラーに顔を埋めた。

 昼食が入っているビニール袋が音を立てる。ちなみに、中にはパッケージにデミグラスソースのハンバーグと書かれているコンビニ弁当が入っている。ふふ、今から楽しみだ。……ではなく。ため息をつくと口から漏れた息が白い煙となって空気に溶ける。寒い。寒いすぎる。

「うう…こういうときに隣を歩いてくれるイケメン彼氏居ないかな……」

 ありもしない妄想を繰り広げむふふ、と声を漏らす。今の私の頭の中では隣で手をそっと握ってくれる彼氏が存在している。
 そう。私はもう華の高校生になっているにも関わらず、彼氏が一人も出来たことがないのだ。いや、彼氏云々よりもまず好きな人すらも出来たことがない。

「……ぶえっくしょい!」

 ぶるり、と体を震わせる。あ、今のくしゃみで私に彼氏が出来ない原因が分かったような気がする。何となく。

「あーもう……クリスマスと言ったらサンタでしょ、サンタ。誰だ恋人たちのクリスマスとか言い始めた野郎は」

 ぐぬぬ、と顔も名前も存在してるかも分からないその人に恨みを送る。くらえ、ありったけの私の憎しみ。ふと隣に幸せそうなカップルが歩いているのを見かけて憎しみの進路変更をする。届け、私の全力の呪い。
 くぅ、楽しそうな顔をしやがって……。……って、女の子が持ってるあのケーキ。何か物凄い黄色いんですけど。何入ってるの。何で作ったらそうなるの。

 思わず女の子の顔をちらりと覗き見る。……あれ。どこかで見たことがあると思ったら、同じクラスの結衣ちゃんだった。あ、納得。あのケーキの材料はレモンだ。男の子、ご愁傷様です。

 憎しみを送ったことに罪悪感を感じながら、二人の背中を見送る。何だか暖かい、柔らかい雰囲気をまとっていて、少し羨ましくなった。

「……はぁ」

 本日二度目のため息。やはり口から漏れ出した息は空気に溶け、何事も無かったかのように透明に戻っていく。規則正しく並んでいる一軒家の前を通りすぎると、ある家から音楽が漏れ出していた。

 この時期になると嫌でもクリスマスソングが耳に滑り込んでくる。ふんふん、と鼻歌でリズムをとっていると、何だか乗ってきたのでそっと歌ってみることにした。痛い子だとか言わないであげて。

「……慌てんぼーの、サンタクロース」

 良く小さい頃に歌ったな。懐かしい。幼い頃は本気でサンタが居るんだって信じていたんだっけ。ざくざくと雪を踏み分ける音に合わせ、リズム良く歌う。周りに人が居ないことは確認済みだ。角を曲がって人と鉢合わせるという事態だけは避けたい。前にノリノリで歌っていたのを聞かれて鼻で笑われたことがあるからね。あれ軽くトラウマになった。

「クリスマス前ーにーやってきた!」

 少しずつ声が大きくなり、口を大きく開けながらざくざくざくと歩く。いやぁ、歌って不思議だね。さっきまで憎しみを飛ばしていた人間にも笑顔を届けるんだから。

「いそいでリンリンリンッ、いそいでリンリンリンッ」

 そういえば今がちょうどクリスマス前だ。私の前にもサンタという名の彼氏が現れないものかな。

「鳴らしておくれよ鐘をー」

 もはやスキップへと歩き方が変化した私は少しずつテンションが上がる。一人で何してるんだろ私。

「リンリンリンッ、リンリンリンッ、リンリンリンッ」

 あ、一番が終わってしまった。私二番知らないんだよね。仕方ない、一番をもう一回歌うか。

「あわてんぼうのーサンタクロースー」

 ほら、歌ってきたらどこからともなく鐘が聞こえてくる気がする。りんりんりん、と。

「クリスマス前ーにー」

 うん、りんりんりん、と。りんりんりん……あれ、何か音が近づいてきているような。

「やってき……?」

 おかしい。確実に鐘の音が近づいてる気配がするけれど、鐘らしきものは見当たらない。思わずスキップを続けていた足に緊急警報を出し、強制的に止める。

「うん……?」

 きょろきょろ、と首を回して前と後ろを確認する。前、異常なーし! 後ろ、異常なーし! 私が今渡っていた道は一本道。なので曲がり角の先に……! とかっていう可能性は無いわけだ。

 ……じゃあ、この鐘の音は一体。ぞくり。背筋に何かが走る感覚がし、図らずとも不安になる。い……いや、こういうときは歌だ! 歌こそが人類だけが生み出せる最高傑作!ばくばくと暴れる心臓を押さえながら、再び一番を口ずさむ。

「……あ、あわてんぼーの、サンタクロース」

 と、ふと視界が少し暗くなる。え、何。何が起きたの。

「ク、クリスマス前ーにー……」

 嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。恐る恐る上に視線を向けてみる。と、目に飛び込んできたのは赤と白の何か。そう思ったのはつかの間で、一気に視界が黒くなった。

「……え、え、落ちてきグフッ」