プチッ。文字で表すとしたらそんな効果音で私は何かの下敷きになった。え、何が起き……痛! 何か凄い痛いんですけど!
「イタター……」
上に乗った何かが私の上で呟く。いやいや、私の方が痛さの度合いが上なのは間違いないと思う。……ん、ってあれ。呟く? この上に乗った何かは生き物なのだろうか。確かめようとするも、視界が真っ暗で何も見えない。どうやら上に乗っかった何かに視界を奪われたらしい。
「ん、けどー……。雪にしては柔らかかったなー」
のんびりとした口調でそう呟く何か。声から推理するに男の子だろうか。ってそれ雪じゃなくて私、私だから。遠まわしにデブって言ってるんですか。いや、それよりも早くどいてほしい。誰だか知らないけど君、さっきから乙女の顔面つぶしてるからね。
「んー……トナ太ー……」
あ、やばい、窒息しそう。視界だけではなく顔全体に覆いかぶさられているらしく、息が出来ずにいる。悠長に呟いてる場合じゃないよ、私の上の君。今君の下の尊い命が風前の灯になってるよ。……駄目だ、死にそう。ここは思い切って声を出した方が。
「も、もが……」
「え……じ、地面が喋ったー!」
「うぐ!」
私の上で軽く飛び跳ねた男の子。落ち着いて今君は私の上に居るという事を思い出して欲しい。みぞおちに膝らしきものが入ったよ、今。
「か、かはっ……」
「ご、ごめんー! まさか人間の上に落ちてただなんてー……。……だ、大丈夫ー?」
「死にそう……」
今私の心臓を止めようとしてたのは他でもない君の膝蹴りだったんだけどね。なんて絶対に言えない。息を整え、わたわたと目の端で慌てる男の子に目をやる。……え。
みぞおちの鈍い痛みも息切れも全て忘れて、目を見開いて男の子を見る。男の子は幼い顔つきだけれど、私と同い年か少し年下のようで高校生ぐらいの背格好だ。ぱっちりとした大きな目を縁取る長い睫は綺麗な白。その目がおろおろと私を見ていて何とも愛らしい。
いや、そこじゃない。問題なのは、その格好だ。まず目に付くのが赤。次に、白。黒いブーツとベルト以外は全て紅白で出来ていて。深く被った紅白の帽子からところどころはみ出ている透き通るような白くて細い髪の毛に、不自然なほどに大きな白い髭。そう、その姿は、まるで。
「サンタクロース……?」
彼氏居ない暦=年齢の私。そんな私に、空からサンタさんが降って来たようです。
……。……っていや。いやいやいや。ふるふる、と整理するために頭を振るう。まあ、確かに『サンタという名の彼氏が現れないものかな』とは思ったのは本当だけれど。
「本物のサンタは求めて無いわ」
「え……ご、ごめんねー?」
眉を悲しそうに下げてこちらを心配そうに覗き込まれる。よし、可愛いから許そう。しかし、サンタが空から降ってくるなんていうことはこれまで体験したことが無い。ニュースでも見たことは無い。当たり前か。
そもそも、だ。この子は本当にサンタなのだろうか。もしかしたらコスプレして屋根からダイブしていたのかもしれない。確認のため、彼に話しかけてみる。レッツトライ。
「あ、あのすみません」
「あ、うん、何ー?」
「サンタさんですか?」
「サンタさんだよー」
サンタさんだった。
い……いやいや、もしかしたら三田さんという苗字かもしれない。もしくは名前。鈴木三田くんかもしれない。ぐるぐると思考を頭の中で駆け巡らせていると、思い出したように彼が話しかけてきた。
「あ、あのー」
「あ、はい何でしょう鈴木くん」
「すず……? あ、えっとー、この辺で僕のトナカイ見かけなかったかなー?」
今確信した。こいつサンタクロースだ。いくら鈴木三田くんでも自宅でトナカイを飼っているとは思えない。かなり無理がある。
「あー、いや、見てないけど……」
「そっかー……」
困ったなー、と呟くと彼は口周りに生えている髭をふわふわと触り始めた。いや、生えてるんじゃなくて付けている、と言ったほうが良いだろう。見るからに『俺付け髭です!』って主張してるからね、その髭。
「あのー……」
髭をがん見していたら、ふと彼と目が合った。何だか困ったような瞳をしている。
「あ、ああ、大丈夫、付け髭なのかなーなんて思ってたりとかしてないから!」
「えっとー、そうじゃなくてー……」
と、そう言うと男の子は雪の上に正座で座りなおして、白い地面の上に手を添える。……って、え。それはジャパニーズの謝り方の最終形態『DOGEZA』じゃないですよね。
「お願いしますー……僕のトナカイ、一緒に探してくれませんかー?」
この通り、と言わんばかりに地面に頭を近づける彼。
「え、ちょ」
「ここに落ちたのも何かの縁ー……」
「や、分かったから顔! 顔上げて! ね!」
本当ー? と顔を上げる彼に頷いてみせる。仕方ないよ、誰だってあれは了承するしかないと思う。了承すると、彼はパッと表情が明るくなった。何だか背後に花が咲いているような幻覚が見える。
「ああ、ありがとー!」
ぐ、と私の手を掴んで上下に振られる。ちょ、腕が千切れる、千切れるって。わーい、と笑っている彼を見ると不思議とこっちまで心が暖かくなった気がした。……これがサンタ効果なのか。