「……で?」
「はいー?」

 さすがのサンタでも初対面で家に上げるわけにもいかず、買って来た弁当の蓋をベンチの上で開ける。あれ、けど良く考えればサンタって初対面の家に不法侵入してるよね。……いいや、考えないでおこう。ってうわ、容器が冷めてる。折角温めたのに。そりゃそうか、雪が降り注いでいる中でビニール袋に閉じ込めたままでいたんだからね。

 あの奇妙な遭遇の後、ずっとあの場で留まっているわけにも行かず、近くの公園に移動した。雪が降ってはしゃいでいるのか、数人の子供達が遊具で遊んでいて。元気だなぁ、なんて思っている私はもうおばさんなのかもしれない。嫌だよ、まだ高校生なのに。手袋を外し、いただきますと心の中で呟きながら割り箸を割る。

「『はいー?』じゃなくてさ」

 一口分に切り分けて割り箸でハンバーグを運ぶ。何これ容器だけじゃなくて中身も冷たい。さっきつぶされた拍子に雪の上に投げ出したからなのか、くそぅ。

「何でサンタともあろう方がトナカイを探しているのかなーと」
「あー」

 あははー、と恥ずかしそうに頭を掻きながら子供達へと視線を移動させた。どうしたのだろう。

「実はさー、トナカイが逃げ出しちゃってさー」
「ふむ……?」

 話を聞きつつ箸をどんどん進める。人間食べないと生きていけませんから。しっかり食べないとね。

「タダ働きで重いプレゼントと人を運ぶのは嫌だ、って言って今朝から姿が見えなくなったんだよねー」
「今知っちゃいけないサンタの裏事情知った気がする」
「いつもはしばらくしたら帰ってくるんだけどー……クリスマスまでに戻ってこなかったら困るんだよねー」
「あぁ、そうだよね。サンタさんには全国の子供達対象に大規模なプレゼン企画が待ってるからね」
「そうなんだよねー」

 ふぅ、とため息が隣から聞こえてきた。視線は遊具近くに居る子供達のまま。……ああ、子供達のプレゼントのことを心配してるのか。最後の一口を口に放り込み、蓋を閉じる。そのままベンチのすぐそばに設置してあったゴミ箱に放り込んだ。

「よし、乗った」
「え?」

 すっくと立ち上がった私をサンタさんが見上げる。その顔は驚きの色で染まっていた。

「子供達の夢を壊すわけにもいかないしね。やってやろうじゃないか」

 さ、行こうと声をかける。しばらく目を見開いたまま固まっていたけれど、ふわりと柔らかい表情へと変化した。

「……ありがとうー」

 そう言って腰に付けた鐘がりんと可愛らしい音を鳴らしつつ。髭をさすりながら立ち上がった。


+ + +


「……で、さ」
「うんー?」
「心辺りは?」
「あ、それなら」

 これがあるよ、と腰に付いていた鐘を取り出し始める。見たところ、良くクリスマスに扉の前に付けられている普通の鐘のようだけれど。

「これねー、見た目はただの鐘なんだけどー」

 そう言いながら鐘を指で軽く叩く。乾いた音が鳴ったと同時に、パカリと良い音を立てて縦に二つに割れた。貝が口を開けるような、そんな感じ。何これどうなってるんですか。

「トナカイの首輪にGPS機能が搭載されててねー、大体の位置はこれで分かるんだー」
「私の想像の斜め上をいった。サンタさんの業界では科学が発達してるんだね」

 何だろう、私が知ってたサンタさんと若干違う。ほらー、と差し出してくれた鐘を覗き見てみる。二つに分かれた断面の中央には赤い点、少し離れたところには緑の点がピコピコと点滅していた。ただし、地図が表示されていない。

「それでー、僕をここまで案内してほしいんだー」

 赤の点滅を指で指し示しながら、ここら辺の土地は担当じゃないからさーと笑う。担当? 範囲毎に担当が決まっているのだろうか。良く考えればそれはそうだよね、一晩で全世界の子供達にプレゼントを渡せっていうほうが無理な話だ。

 一人で勝手に悩んで勝手に解決していると、ひょっこりと鐘の前にサンタさんの顔が現れた。お願いだから急に現れないで欲しい、可愛すぎて心臓に悪い。

「えっとー……分かりそうかなー?」
「あー……うん。まあ一応」

 正直、微妙なところだ。いや、私に土地勘が無いだとかそういうことではなくて。鐘には緑と赤が点滅して表示されているだけで、他に特徴が無く、非常に分かりにくい。これでは距離はおろか方角でさえもさっぱりだ。……悩んでいても仕方が無い、かな。とりあえず歩こう。

「さ、今度こそ行こうサンタさん」
「うんー……あ、」

 数歩歩いたところで背後からちょっと待ってと声が聞こえ、後ろを見てみる。振り返った先には、サンタさんが白い手袋をはめた手をこちらに向かって差し出していた。

「ん……よろしくの握手?」
「えっとー……それもあるんだけどー」

 手繋いでも良いかなー、そう可愛い少年に小首を傾げながらお願いされたら拒否する女子は存在するのだろうか。答えはNOだ、少なくとも私は。

「グフッ……良いよ」
「えへへー、ありがとー」

 血を吐きそうになった口を押さえながら、何とか手を差し出す。サンタさんは幸せオーラをこれでもかというぐらいに振りまいていてオーラが感染してしまいそうだ。手袋越しに微かに伝わってくる体温で心が落ち着き、降り続ける雪の冷たさなんて忘れてしまいそうだった。