「とりあえず街に来てみたけど」
昼食でお世話になったコンビニを通り過ぎ、人でごった返しているショッピングモールへとやってきた私達。鐘を見ると緑と赤と点滅が先ほどよりも確実に距離が縮まっているのが確認できた。方角はこっちで間違いないのだろうけれど、赤の点までにはまだ少し距離があった。でもまあ、この調子で真っ直ぐに進めば無事に出会えるだろう。
それはともかく。ふと人ごみの中へと視線を移す。
「あはは、カップルがうじゃうじゃ……」
大半が男女揃って歩いており、どこからともなく発生するピンクのオーラがこちらまで漂ってきそうだ。何ですか、私へのあてつけなんですか。見せ付けてるんですか。
ちょっとそこの赤いマフラーのお姉さん、私に向かって指差すのやめてもらえませんか。独り身の私を笑おうとしてるんですか? そう思って少し泣きそうになったけれど、お姉さんの視線は私から少し外れている。
そのままお姉さんが私たちの方へ向かって歩み寄ってきた。え、何私何かやらかしちゃいましたか? 心の声口から飛び出ていたりしてましたか?
頬の辺りにうっすらと傷跡が残っているお姉さんは私の前で止まったけれど、やはり視線が私に向かっていない。慌てて視線を辿ってみると、終着点にはサンタさんがにこにこと笑いながら立っていた。
「……サンタ、だ」
そう呟いてお姉さんが綺麗に笑う。わわ、美人さんだ。大人びた雰囲気から年上だと思っていたけれど、良く見れば私と年が変わらないように見える。首に巻かれた少し傷ついている鮮やかな赤いマフラーが更にその美しさを際立たせているようだった。
ほぅと思わず感嘆の息を吐き出すと、人ごみの中をかき分ける一人の影がちらりと視界の端に映った。何故この大勢の人ごみの中でその人影……少年を判断できたかというと。
さらさらと手触りが良さそうな闇のような黒い髪と同じ色をした瞳。ここまでは日本人ならどこにでも居そうな普通の一般人だけれど、目を引かれたのはその整った目鼻立ちと手に持っているアイス二つ。
え、お兄さん今十二月の終盤に入っているってこと知ってます? 冬ですよ、真冬。アイスってあんた。こたつにアイスっていうのは私にもまだ分かるけれど、寒空の下にアイスってあんた。
思わず目を見開いて見ていると、視線に気付いたのか否かこちらへと人ごみをかき分けてきた。思わず数歩後ずさってみる。何が怖いって、そのお兄さんは無表情、表情が無い状態でアイス片手に歩いてきたのだ。
いや、顔は綺麗だけど。綺麗だけれども。しかし、お兄さんは私の前ではなく、お姉さんの後ろへと辿り着いた。お姉さんは私と向かい合う形となっているので、お姉さん越しにお兄さんを見ている形となっている。後ろ! お姉さん、後ろ大注目ですよ!
「……サンター……」
「万理?」
「……え」
お姉さんは万理さんと言うらしく、名前を呼ばれた万理さんはお兄さんと目が合って目を少しだけ丸くしていた。驚いたのか、咄嗟にサンタさんの頭を撫でていた手を下ろしてしまって。が、それも一瞬のことですぐにまた表情を戻す。しばらく空白の時間が流れていたけれど、先に沈黙を破ったのは万理さんだった。
「……いつから、そこに」
「さっき」
「………」
再び沈黙が続き私だけおろおろと動揺してしまう。サンタさん、笑ってないで何かフォローしろよ……! しばらく睨み合って……いや見つめ合っていたのかは良く分からないけれど、お兄さんの視線がちらりと私の方へと向く。正確には、私の隣だけれど。
「行くよ」
「……え、ちょっと」
サンタさんを睨むように一瞥し、万理さんの手を握って去ろうとするお兄さん。万理さんが慌てたようにこちらを見て、
「……え、と。サンタさんと彼女さん……ばいばい」
と爆弾発言を残して引っ張られてしまった。え、か、かかかか彼女ですか? 私に一番縁の無い単語が聞こえたのような。
お兄さんは未だサンタさんを睨んでいる。何々、嫉妬なんですか。ラブラブそうで何よりですちくしょう。
「何話してたの」
「……。その前に、そのアイスって……」
「この前万理がおいしいって言ってたから」
「……え、あ…………うん。……ありがとう」
「どういたしまして」
「……ふふ」
「で、何話してたの」
「……………」
次第に二人の話し声は聞こえなくなり、人ごみの中へと溶けるように消えて見えなくなってしまった。うーん……あんなに美人だと恋人も居るよね、普通。何だか不思議なカップルだったな。
「良いなー……」
思わず声に出して、はっとして口を押さえる。と同時に、何か違和感のようなものを感じた。何だと思い周りを見て思わず目を見開く。
どこを見ても人、人、人。人ごみの中だということは変わりは無い、のだけれど。私達の周りには不自然な空間があり、その空間を作っている人たちはほとんど携帯を構えていた。
様々なフラッシュ音が歪なハーモニーと化し辺りが騒がしい。続けざまに焚かれるフラッシュで目がちかちかと眩み、思わず目を細める。
ちらりとサンタさんの方を恨めしげに睨んでみる。変わらずにサンタさんは絶えず笑顔で、何だろう、この怒りはどこにぶつければ良いんだろう。
どうやらサンタさんの格好をコスプレか何かと勘違いされたそうで、完全に見世物状態となっている。大勢の人に撮られて正直あまり良い気分ではない。私はただの一般人だからね。巻き込まれただけのただの通行人B。よく見てみなさい、この人モノホンのサンタさんだよ。なんてことは言えるはずはなく。
「……よし、行くよサンタさん」
「えー? ……わっ」
繋がれていた手を握り返し、人ごみがまだ薄いところへと思い切り駆け出してみる。邪魔をされたらどうしようかと少しだけ不安になったけれど、そんなことはなく素直に道を空けてくれた。背中が目が眩むぐらいの光と電子音を浴びているが分かる。
走りながらも手の中に納まっている鐘を見て、方角を確認してみる。多分このまま真っ直ぐ行けば辿り着ける、はず。先ほどから赤い点が動いていないのを見ると、その場に滞在しているらしい。すれ違いになるという事態は起こらないと思う。いや、願う。
ぐるぐると人が思考を巡らしてるというのに、後ろからは「あれー、どこに行くのー?」という呑気な声が聞こえてきた。どうしよう、殴りたい。可愛いから許すけど。可愛いから。返事の代わりに手を強く握ると、少し間が空いて握り返してきた。ああもう本当に可愛いよこいつ。
風が勢いよく全身を通り抜けたおかげで体が芯から冷えて、正直帰ってコタツムリに進化したいと思っていたけれど何だかそんなことが頭から吹っ飛んだ。同時に、何だか身体が熱くなってきた。繋いだ手から少しずつ全身へと熱が広がっていく感覚。
波のように広がっていく熱が心にまでじんわりと奥まで染みていく。いや、実際にはそんなことは無いのだろうけど、そんな気がした。何だろ、これ。疑問に思いつつ、走り続ける足は止まることを知らない。
いつの間にか景色が人ごみで溢れている街中から、人気の無い歩道へと切り替わっていた。もう少し、もう少しだ。二つの点がもう少しで重なろうとしている。遠くに小さく見えるあの公園に居るのだろうか。
これで子供たちに夢を届けられるのか。そう思ってほっと安心する。けれど、その気持ちに反比例して何だかもやもやとしたものが胸の中でくすぶっていた。全く別の感情が頭の中で争い合っているようだ。それは例えるなら天使と悪魔のようで。どちらが勝利したのか分からないまま、私の足はいつの間にか公園の中へと一歩踏み込んでいた。