公園に入ると同時に今まで負担をかけていた足がガタガタと疲労で震えだす。普段から運動しておけば良かったよコンチクショウ。膝に手を置き、必死に酸素を肺へと取り込んでいく。何でサンタさんの息は乱れてないんだ。
 大丈夫ー? なんて言って私の背中をさすってくれる。ああぁ、サンタさんの優しさで目の前が歪むよ。グスン。息の塊を一つ口から出したところで、公園の中を見渡した。

「おわ……」

 凄い。まさにこの一言に尽きる。あまり大きいとは言えない公園の中央に、堂々と立っているものがあった。
 普段はあまり気にせずに素通りしてしまう程度の存在だが、鈴やリボン、綿等で装飾されておりその存在を主張していた。今は昼なので分からないが、夜になるとライトアップされてより綺麗な姿を周りに示すのだろう。ずっと見上げていると首が痛くなってきそうな頂点には、他の装飾を物ともしない星型のソレが我が物顔で居座っていた。

 そう、この公園にはこの季節でしか拝めないのクリスマスツリーが佇んでいたのだ。街から少し外れているからだろうか、あまり人の気配はない。殺伐とした公園の中で立っているツリーは不似合いなようで、けれどどこかこの場所に合っていた。

 思わずツリーを見たまま呆然と立ちすくむ。サンタさんも同じ心境のようで、私と同じように目と口を力無く開いて同じ物を見上げていた。……って、違う違う。私達はツリーを見にきたわけじゃない。

 慌てて公園内を見渡す。と、私のカップル感知センサーが即座に反応し、ベンチ座っている一組のカップルを視界に捕らえた。よし、いつもの恒例行事を行おうじゃないか。届け、私の精一杯の憎しみ。
 キッと鋭い視線に憎しみを乗せながら二人へとプレゼントをする。女の子のほうは終止カメラをツリーに向け、男の子はそんな彼女を見守るように見つめる。……と思ったけれど、彼女はツリーを写しているようには見えなかった。

 ツリー、というよりは空へとカメラの視線を向けている。釣られて私も空を見上げてみるが、特に変わったことは無い。灰色の絵の具をぶちまけたような印象で、いつもと同じ。曇り空だ。
 けれど彼女はどこか楽しげにシャッター音を奏でている。価値観は人それぞれということなんだな。その姿は何だか生き生きとしていて、可愛らしい。本人は気づいていないのだろうか。彼女を見守る彼も、時折微笑みながら幸せそうなオーラを出している。

 ……くそぅ、幸せになりやがれ!くっ、と歯を食いしばっていると、隣から「あああー!」という叫び声が耳に入り込んできた。

「え、どうしたの?」
「発見ー!」

 とてててっと効果音が聞こえてくるような走り方でサンタさんが一点に向かって走り出す。慌ててサンタさんを追い、目的の場所へと視線を移す、と。

「ええー……」

 一人の女の子が無数に居る鳩にパンをあげて戯れていた。しかし、色々と突っ込みたいことがある。
 とりあえず、何で君はメイド服を着ているんだ。あれか、メイド喫茶から脱走してきちゃいましたな子か。そして、目的のトナカイを見つけた、けれど。何でトナカイ君は鳩に混じってパンを突いてるんだい? あああ、鳩にパンを盗られちゃってるよ。え、まさかの乱闘に発展してる。

 トナカイVS鳩だなんて貴重なバトル、中々見ることは出来ないだろう。凄い迫力だ。まあ、誰も見たいだなんて思わないだろうけど。

 女の子は乱闘に気付き「そこ!喧嘩すんじゃねえよ!」と一喝し、新たにパンの欠片を投げつける。メイドの君、その前にトナカイの存在について疑問に思ってみよう、ね? 思わず呆然としながらも到着すると、サンタさんが乱闘の中へと声をかけた。

「トナ太ー! 迎えに来たよー」
「一瞬で名前の由来が分かる素敵な名付け方ですね」

 トナ太と呼ばれたトナカイは、サンタさんの声に反応し乱闘を止めこちらを振り向く。頬に出来た傷が何とも男らしい。鳩に付けられた傷だけれども。トナカイだけれども。サンタさんの声に反応したメイド服の子もこちらを振り向いた。

「お、何だ?」
「あ……っと、初めまして?」

 きょとん、とした女の子に向けてとりあえず頭を下げる。いやに男まさりな言葉遣いだが、可愛らしい容姿でメイド服を着ていても違和感をあまり感じなかった。
 しかし頭上で「あーいや……初めまして、じゃねえな」と声が聞こえてきた。あれ、どこかで会っただろうか。私の記憶の中にはメイド服を着こなす知り合いなんて居ない。思わず頭を上げて首を傾げると「いや、良い。何でもない」と慌てたように視線を逸らされた。……どうしたのだろうか。と、サンタさんがトナ太の頭を撫でているのが視界の端に写った。

「ごめんねー、トナ太ー。タダ働きさせて……今度からはご褒美用意してあげるからー。一緒に帰ろー?」

 ね? と首を傾げるサンタさんは殺人的に可愛い。実際私は殺されそうだ。やばい死ねる。トナ太もそんなサンタさんを静かに見つめる。

「……ねー?」
「……けっ、仕方ねーな」
「ちょっと待ってください」

 思わず手を伸ばす。いやこれが正常な人間の反応だ。いいい、今、トナ太、いや、トナカイが喋りませんでしたか? 人語を操ってませんでしたか? どうしたの? と言いたげな目でサンタさんがこちらを振り向く。どうしたのってあんた。

「何だ、その鳩お前達の知り合いだったんだな」
「え、メイドさんもしかしてこのトナカイ鳩だと思ってるんですか?」
「違うのか?」
「早急に眼科へと直行することをお勧めします」

 他の鳩より図体が大きいなーと思ってはいたんだが、トナカイだったんだな! と笑うメイドさん。残念だけど、これは図体っていうレベルじゃない気がする。そんな域軽く超えてるからね。少なからず混乱していると、メイドさんがいきなり「あ!」と大声をあげた。どど、どうしたのだろう。と、すぐ近くで二つの足音。

「あなた、こんなところで何をしてるんですか」
「……うぉ!?」

 振り向いた先には顔が大変整っている燕尾服の男の子と、可愛らしい男の子が立っていた。え、ていうか何で燕尾服。メイド服といい、近場でコスプレ大会でも開催してるんですか。

「ぼぼぼ坊ちゃま! ……と羊」
「すぐに居なくなるんじゃねえよ。……あーっと」

 私の存在に気付いたのか、可愛らしい男の子の方がこちらへと歩みよってきた。おお、サンタさんに負けずとも劣らない容姿だ。

「すまん、君が悠里の面倒を見てくれたのか?」
「え……あ、いえ!」

 即座に首を横に振る。先ほど会ったばかりだと伝えると、「そうか」と一言返された。その様子は何だかほっとしたように見えた。