「あんまり人様に迷惑かけんじゃねえよ」
「すっ、すすすみません坊ちゃま!」
「……坊ちゃま、そろそろ」
「ん? ……あぁ、もうそんな時間か」
本当にすまんな、ともう一度頭を下げられて反射的に私も頭を下げる。……この子、容姿とは裏腹に何だか大人だ。
「では参りましょうか。……ほら、早く行きましょう。置いていきますよ」
「待て羊! 坊ちゃまの隣は私のものだ!」
ぎゃいぎゃいとにぎやかに公園の出口へと向かっていく三人。しばらくして話し声は聞こえなくなった。……何だか嵐が過ぎ去ったようだ。ふう、と肩の力を抜く。
いつの間にかベンチに座っていたカップルは移動していて、公園には二人と一匹のみが残されていた。私が話していた間もサンタさんはトナ太と話していたらしく、満面の笑顔を表情に出していた。
「……サンタさん?」
恐る恐る話しかけてみる。一旦トナ太との会話を中断して、こちらを不思議そうに見上げてきた。
「ん、何ー?」
「いや、大した事じゃないんだけどさ……。何でトナカイが日本語を使用していらっしゃるんでしょうか」
と、私にとっては最も重要な疑問を投げつけてみる。するとサンタさんは更に不思議そうな顔をした。
「え、トナカイって喋るよねー?」
「マジで?」
知らなかった。だからメイドの子も平然としていたのだろうか。いや、あれは気付いてなかったように思える。困惑していると、トナ太と目がばっちりと合ってしまった。思わず固まっていると、トナ太が口を開く。
「何見てんじゃ、このアマ」
「何こいつ尋常じゃないぐらいにムカつく」
人を見下したような表情で毒を吐きやがった。トナカイに表情なんてものは無いと思っていたけれど、今まさに殴りたくなるような顔でこっちを見てくるトナ太が目の前に居て。本能に任せて殴ろうと突き出した右手を咄嗟に左手で抑える。落ち着け、よく見てみろ相手は四足歩行の人外じゃないか。一人で格闘していると、「さて」とサンタさんが伸びをする。
「これで帰れるやー。ありがとうねー」
えへへーと笑いかけるサンタさんに、って。
「……え?」
思わず目を見開く。……いや、いやいやいや。当たり前じゃないか。トナ太が見つかったから帰る。これで私の役目は終わり。開放されて、いつもの日常が戻ってくる。それだけのこと。それだけのことだ。なのに、この、身体の真ん中に大きな穴が開いたような気持ちになるのは何でだろう。心からぽっかりと何かが盗まれたような、そんな虚無感。
「……もう行くの?」
「んー? そうだねー、プレゼントの仕分け作業がまだ残ってるからー……」
溜め息を吐き出すサンタさんをトナ太が慰める。そんな光景が何だか遠い存在のように思えた。違う、違う。『ように』じゃなくて、元からサンタさん達は遠い存在だった。私とはかけ離れた、常識外れの存在。そんな見えない壁が今、私とサンタさんを隔てている。住む世界が違うんだ、そんなことを思わせるかのように。
「…………」
サンタさんがトナ太を撫でる手を止め、こちらを心配そうに見つめる。しんしんと空から銀色の欠片が舞って落ちてくる。頬にぴたりと引っ付いたソレは、頬の体温を奪うと同時に、今までサンタさんと過ごしてきた時間が終わりだと告げているように感じた。
「……そんな顔されると帰りたくなくなるじゃんかー」
私の頬に手を添えて、そっと視線を合わせてくれる。サンタさんは困った顔をしていて、違う、そんな顔をしてほしいわけじゃない。
「……大丈夫だよー? クリスマスには、ちゃんと会いにくるからー」
「え……」
プレゼントも届けに、と笑うサンタさんを思わず凝視する。ああ、そうか。サンタさんだからね、むしろクリスマス以外で会うことが珍しかった。そう頭の片隅で考えつつも、これで終わりじゃない、その事実が嬉しくて嬉しくて。釣られて笑顔になる。サンタさんは不思議だ、他人を笑顔にさせる能力が備わっている。
「……それじゃー、行こうかなー? トナ太、準備は良いー?」
「おうよ、任せとけ!」
どこから取り出したのか、いつの間にか私達の前にはサンタ服と同じぐらいに赤いソリがどすりと置かれていた。慣れたように運転席らしき場所へと乗り込んだサンタさんは、私をじっと見つめる。
「……じゃあ、また二日後にー」
「うん。……絶対に、クリスマスに」
会おうね。そう口にすると、心の穴が少し塞がった気がした。私の言葉を聞いたサンタさんは今までで一番柔らかく笑うと、手綱を引く。
音もなく浮遊したソリとトナ太は、振り続ける雪とまるで一体化しているように見える。それほどまでに幻想的で。どこからともなく鈴の音が鳴り響いた。私が初めてサンタさんと出会ったときに聞いた音。
申し訳程度になっていた鈴の音は少しずつ大きく、早く鳴っていき。それに共鳴するようにトナ太が甲高く鳴いた。ゆっくりと動き出したソリは、ツリーの周りを一回転しながら空へと浮かび上がる。
空で何回か旋回したソリからはキラキラと光が放たれており、ツリーや私に雪と混じり降りかかってきた。不思議とその光は眩しいとは感じず、暖かいとさえ思えた。地面へと到達した光は音もなく溶けていく。
私はただひたすらに、サンタさんを見つめ続ける。もう見えるか見えないかの場所まで浮遊したソリからは、赤い小さな手が振られているのが分かった。私も応じて手を振り返す。また会える、そう願いながら。
それが合図だというように、ソリが急発進。あっと驚いているうちに、すっかりと見えなくなってしまった。名残惜しそうに光のみが残されていて。その光さえももみ消すかのように雪が降り積もっていった。会えるよね、サンタさん。信じて待ってるから。
それは、クリスマス前に突如訪れた小さい不思議な物語。私の心に淡い何かが芽生えたことに気づくのは、もう少し先の話。
+ + +
「……今帰ったよー」
「あれ、サンタさん! おかえりでござる!」
「うん、ただいまー。……ねー、あいつ居るかなー?」
「うん? 先ほど自室に戻ったでおじゃるが……」
「俺様がどうかしたのか?」
「ぎにゃ! あ、あれ……いつの間に……」
「うんー……ちょっとしたお願い事をしたいんだけどー」
「……なんだ、言ってみろ」
「この仕事終わったらー、お休みもらっても良いかなー?」
「てめぇは普段から休んでるようなもんだろ」
「……駄目?」
「………。てめぇの休みだ、好きに使え」
「うん、ありがとう」
「サンタさん……? どこに行くでごじゃるか?」
「うん、ちょっとねー。……今までお世話になりました」
「おう、元気でな」
「いつでも遊びに来るでごじゃる!」
クリスマスの小さな奇跡
(プレゼントは僕だよって言ったら)(君はどんな表情をしてくれるのだろうか)