「……は、……はぁ、っ……」
人生の中で初めて出たのでは、と思うぐらいに大声を出して肩で息をする。叫んだ後、突然強い力で体を引っ張りあげられ、屋上の上へと引きずりこまれた。
「は……、はぁ……っ」
咳き込みながら息の塊を吐き出して彼の方に顔を向けた。肺が苦しさを訴え咳を止めようとしない。
「……何、で助けたの?」
そう問えば、何当たり前なことを言ってるんだというような目で私を見てきた。
「死にたくないって言ったから」
「はっ……は?」
意味が分からない。そもそもの原因は、彼が私を突き落とそうとしたからじゃないか。
「だって、なかなか俺の質問に答えようとしなかったから」
だからって、人に九死に一生の思いを味あわせたというのか。
「それに」
傷をつい数分前に触っていたように優しく私に手を伸ばして頬を拭った。
「泣いてたから」
「……え?」
そう言われ、慌てて頬に手を当てる。いつの間にか流れていた水滴が頬に当てた手を確かに濡らしていた。人前で感情を滅多に表さない私が。お母さんの葬式の日以来、初めて泣いた気がする。
「……うぁっ」
先程の恐怖が蘇り、一気に目から水滴があふれ出す。世界が急激に涙で滲んで歪んだ。一度流れ出したら簡単には止まらず、嗚咽をもらしながら目の前に居た人物に突進するように抱きついた。
「え」
「……うぅぅ……ひっ、ぐ……」
戸惑いながらもそっと私の背中に手を回してあやしてくれた人物は、何だかお母さんに似ていて。お母さんにはもう会えないんだ、という現実にも改めて直面してしまった気がして。涙が枯れて無くなるのではと思うぐらいに、大声を出して泣いた。泣いて。泣いて。
どれぐらい時間が経ったのだろうか。涙が枯れ、少ししゃっくりが落ち着いたところでふと我に返り、慌ててしがみついていた腕を離した。
「…………、ご、ごめん!」
瞳を揺らし動揺しつつ勢いよく離れようと試みる。が、なぜか体が彼から離れる気配がない。
「………? あの……」
「ん?」
「離して欲しいんだけど……」
「え……あー……、そうだね。」
体の締め付けが無くなったと同時に、磁石が反発するように私が一方的に離れる。うわー……恥ずかしい。何泣きついちゃってんだろ。
心臓が異常な程に仕事を全うしているようで、心拍が彼にも聞こえてしまいそうだった。
「……それで」
彼がどういうわけか無駄な咳払いを一つして、私と視線を絡ませる。
「しつこいようだけど。君は、何しにここに来たの?」
何度も問われた質問。しかし、先程の事件があった後の私と、ここに来たばかりの私とでは、似ているようで全然違う答えが頭の中で出ていた。
数分前の私はなんて視野が狭かったんだろうと思う。死に囚われ過ぎていて、お母さんとの永遠の別れを認めたくなくて、九死に一生を得る体験をして。私以外の人を同一視して。誰も私のことなんか見ていないなんて一人で殻に閉じこもって。
確かに私は、ここに解放されにきた。けれど、ここに来る途中できっと、心のどこかでは淡い期待を抱いていたんだと思う。
『誰か、自殺しようとする私を止めてほしい』……それと。
「私を、今の現状から解放させるために。誰かに助けてもらいたくてここに来た」
『誰か、私を助けてほしい』
「……ん、良く出来ました」
ふわりと効果音がつくぐらいに私の頭に手を置いた彼は、強引に私の腕を引っ張って立たせる。急に腕を引っ張られ、彼の方へとバランスを崩した。
「……っと……、っん!?」
一瞬だけ唇に触れた、暖かい感触。その正体に気付くには数秒とかからなかった。
「俺が助けてあげる。………万理」
彼は初めて心から嬉しそうな笑顔を浮かべながらそう言って、私の腕を掴んだまま前を歩き始める。立ち上がった衝撃で、お母さんのマフラーがふわりと舞う。屋上に落ちていたガラスの破片に映った私の頬は、真っ赤なマフラーと同じ色をしていた。
マフラーと私と君と
(きっとこれで良かったんだよね)(……お母さん)