「……っ…………」

 突然のアクションに悲鳴をあげることも出来ないまま、襲ってくる痛みに耐えるため堅く目を瞑った。けれど、痛みは別のところで感じ小さく声を上げる。

「……痛っ……」

 手首から何かぎりぎりと締め付けられるような感覚が伝わってくる。……まだ落ちている途中?だとしたら何故手首だけが酷く痛むのだろう。落下している感覚もない。それ以前に足が何かに引っ掛かっている気がする。
 これで目を開けた瞬間、グチャっていうのだけは止めて欲しい……。そう願いながら恐る恐る瞼と瞼の隙間から状況を確認し、慌てて目を見開いた。

「ちょ……っと。何で……」

 腕を締め付けていた原因且つ、落ちるのを阻止していた手を見て、そしてその主である彼に目をやる。私は落ちていたのではなく、屋上の僅かな段差に片足のかかとだけが引っ掛かり、仰向けに宙に浮かんでいた。片手と片足は闇に向かって屋上からはみ出している。
 つまり、体の半分がすでに宙に投げ出されており、彼が手を離してしまったら私は頭から闇の中に真っ逆さまになってしまうということ。
 そのことを想像したら、全身から急に冷や汗が溢れ出したような気がした。掴まれている手はいつの間にか汗を握っている。

「な、なんで!」

 相変わらずの無表情で今にも落ちそうな私の目を彼はじっと見つめていた。

「もう一度聞く。君は、何をしにここに来たの?」

 無表情なはずなのに、瞳から真剣に問われているのが伝わってきた。すでに宣言したじゃないか。そんなの決まってる。自殺するため。そう。そうすれば解放されるんだ。何度も解放と自殺というワードを繰り返し、そっと下を覗き見る。
 どこまでも続いているような、深い闇が広がる。ここから、落ちたら……落ちたら解放されるの? ――本当に?

「…………っ!」

 急に間近に死を感じて、無意識に体が震えた。屋上に引っ掛かっている足もガタガタと震え止まることを知らない。
 私は、死ぬことは怖くない。そう怖くない。怖くない、はず。
 そんな私の動向を静かに見守っていた彼が、不意にそっと目を閉じた。やんわりと、私の腕を掴む手の力が弱くなっていく。

「え……えっ、え、」

 どんどん腕を掴む手の力が弱くなっていく。やだ。嫌。……嫌。嫌。い……

「い、嫌っ……いい……嫌ぁぁぁぁあ!!」

 もう少しで、手と腕が離れるというときに。自分でも驚くぐらいの音量で、私の口からはっきりと死に対する拒絶の言葉を叫んでいた。