ありがちな競技と思惑


「体育祭楽しみですね。心臓が木っ端微塵になりそうです」
「大丈夫?」

 机に額を付け、胸を抑えて過呼吸に陥ってしまった私の背中を摩りながら、彼は棒付きの飴を頬張った。からんころんと音を立てるそれからは、微かに柑橘系の香りがして鼻を擽る。
 先日に行った種目決めを合図に生徒達のスイッチが入ってしまったようで、教室内は衣装案の話し合いや舞台作り、ダンスの振り付けや予算決めであちらこちらが騒がしく彩られていた。校庭ではピストルの音、ハードルの倒れる音。動きを合わせるための掛け声や笑い声が混ざり合い、歪なハーモニーとなってこちらまで流れてくる。
 そんなどの喧騒の中心にも加わらず、私達二人はいつも通りの調子を保ち自席に居座っていた。それを注意する生徒も居なければ自らのグループへと誘う生徒も居ない。忙しいのだろう。
 顔を上げ差し出された飴を素直に口で受け取る。包み紙がすでに取り除かれていたそれを舌で転がすと甘い味が感じて取れた。苺。

「私達も練習しましょう、圭人」
「熱?」
「脳は至って正常です」

 額に当てられるひんやりとした手を軽く払い立ち上がる。窓から流れてきた風は生温く、少しだけ汗が滲み頬を拭った。
 蝉はまだ片手で数えられる程度でしか地上に生まれてきていないようで、煩いと感じるにはまだ早い段階のよう。目を閉じ彼らの鳴き声に耳を澄ませてから、そういえばと彼の方へと向いた。

「聞きそびれていました。私の種目は一体何ですか」
「お揃いにしておいた」

 だから大丈夫と続けられるも、どこに大丈夫な要素があるのかが皆目見当が付かない。知り合いが近くに居てくれるという安心感はあるのか。いやそうではなく。

「答えになっていません。競技名を問いているのです」
「…………」

 彼は宙を仰ぎ見て数度、音を立てて飴を転がした。かと思えば机から一本の縄を取り出す。見た限り頑丈なようで引っ張っても千切れそうに無く、長時間縛られていると痣が出来てしまいそうな程。
 新感覚のハチマキなのかと一瞬目を疑ったが、彼はそのままの状態で席を離れる。そして私の足元に屈み、流れるように結び始めた。一体何が起こっているのですか。

「縄で拘束……なるほど、そのような趣味があるとは思いませんでした」
「無くはない」
「冗談ですよね?」
「……二人三脚」
「否定してください圭人さん。……え?」

 だから競技名。そう呟いて彼自身にも縄が繋がれていく。厳重にも固結びされたそれはちょっとやそっとじゃ外れそうに無い。というより解けるのかこれ。
 そんなことより、と足元から自分の状況へと思考の種類を変換してみる。二人三脚。二人三脚。四文字が列を成して頭の中をぐるぐると回っていった。

「……私、足は二本しか所持していないのですが」
「本気で言ってるの?」

 至って真面目です。そんな言葉を押さえ込んで勿論冗談だと場を誤魔化した。まあ、内容はどうであれ……競技であるという事実は変わらない。
 見ていて張り合いのない、やる気の無い姿勢を彼に見せるわけにはいけない。何事にも全力で取り掛からなければ。なんて、自身の性格とはかけ離れた思考回路と奮闘している私には気が付くことが出来なかった。
 思惑の通りに物事が進んだと安堵しているような、そんな風に少しだけ口角が上がっている彼の姿を。