ひとり


 人付き合いって難しい。

 青春を謳歌しているであろう学生生活の中、突如として現れる関門を一言で表すとしたらまさにそれだと思う。 ううん、違うのかもしれないけど、少なくとも私はどうしてもそれに当てはまってしまうわけで。 二分の一の確率で女子として産まれてしまった私は、そんな議題に酷く振り回されてしまうものだ。

 ついさっきまで腕を組んで歩いていた友達が裏で陰口を叩くだなんて、日常的を通り越してありがちな話。ふとした拍子でクラスで浮いてしまった日なんかには、女子の本領発揮を垣間見てしまう。
 かと言って怖がってまともに話さなければ、青春だなんて二文字は夢のまた夢の向こうへと逃げていって。追いかけている内に気が付けば三年過ぎてしまいました、なんていう事態にもなりかねない。

 ……考え過ぎだなんて笑われることが多いけれど。それでも私は慎重に。尚且つ欲張って、楽しい学生生活だったなと思い返せる日々を送りたいわけで。
 そんな矛盾した綱渡りの綱選びにいつの間にか時間をかけてしまった。始まりの合図はもうとっくに鳴っているというのに挑戦もしていない時点で頭を抱える。 そうして最悪の場合を想定し過ぎて無限ループ。

 気が付けば皆に置いていかれて、少しだけ泣きそうにもなって。
 ……ああ、人付き合いって難しい。


+ + +


 家からそこそこに近い高校へと受験し、なんとか二年目の春を迎えることが出来た……そんな日でのこと。
 学校に通えれば良いかな程度で入学したおかげで、部活も何もやっていない無気力な性格。 いや、活動的な精神に欠ける私は、授業もそこそこに澄ませて一人帰り道を歩いていた。

 外は生憎の雨。途切れることのない雨音に耳を澄ませ、折り畳みの傘を差して前方の道を眺める。くるりと傘を一回転させていると、ふと水滴とは違う微かな音が響いた気がして立ち止まった。

「……?」

 右へ左へ前へ後ろへ。三百六十度ぐるりと回転し確認してみても、音源どころか人影すらも見当たらずに首を傾げる。
 ……気のせいかな。少し疲れてるだけなのかも。
 今までの自分を思い返し、図らずとも自然に溜め息が漏れてしまった。

 人と話すことが不慣れな癖に何か得意な事柄がある訳でもない。必要最低限出来ていなくてはいけない勉学でさえも、試験の点数は毎回下から数えたほうが早いような頭の出来だ。
 ……全てにおいて上手くいかないように出来ている。そんなどこにでも転がっていそうな人間の見事な代表例。それが私だ。

 自己嫌悪だなんてとうの昔から癖になってしまっている。案の定数少ない友達ともクラス替えで離れてしまい、だからと言って、すぐに新しい友人を作れるほど器用な性格もしておらず。

 ふと気付いたら、完全にグループ作りの波から置いていかれたらしい。どの団体に所属する訳でもなく、気まぐれに話し掛けてくれる同級生達に相槌を打つ日々。 可もなく不可もなくな現状を維持してはいるものの、何故だか少しだけ疲れてしまった。

 嫌なことに思いを馳せてしまったと傘の柄を両手で握り直すと……あれ。やはり不規則に聞こえてくる音。ううん、これは鳴き声。
 上に存在している訳もないだろうからと下を確認する。と、道の端にビニール傘が開いたまま放置されているのが目に入った。

 ビニールの向こう側には四隅に花が小さく刺繍された可愛らしいハンカチ。それと、それに包まれて震え続ける白い何か。近づいてしゃがみ込むと、私に気づいたのかそれは少しだけ起き上がろうと身をよじった。

「……猫ちゃん?」

 思わずそう呟いてしまった言葉に答えるかのように小さく鳴いた猫。その消えかかった声を聴いてはっと我に返る。た、助けないと……!

 誰が置いていったのかは分からないのだけれど、とりあえず雨粒からこの子を守ってくれていた傘を畳む。そして自分のそれを猫の上へと掲げた。体温を保護していたらしいハンカチで猫の身体を包むように巻き直し、左手で一気に抱き上げる。

 どうやら大人しい性格のようで。見ず知らずの人間に触れられていても尚、暴れるようなことは無かった。……それとも、それぐらいに弱っているってことなのかな。だとしたら急がないと、と鞄を肩にかけ直して走り出す。

 泥が跳ねローファーと靴下に濃い色が重ねられていく中、震える猫がお礼の言葉を呟いた気がした。


ひとり
(それと一匹の出会いでした)