レモン味(処女作)
「どうしよう」
「そうだね、どうしようねー」
正座までして真剣に相談しているというのに、本を片手に相槌を返す幼馴染を全力で殴ってやりたい。寝癖一つ無い黒髪が本に影を落とすその姿が絵になっていて、それが更に怒りを溜める原因となっていた。固く握り締めた拳をわなわなと震わせていると、そっと拳の上から何かが重なってくる。
「……?」
その暖かな体温が伝わり、下へと視線を移す。そこには、悩みの種であるものがこちらをキラキラとした瞳で見上げており、思わずぐっと息が詰まった。かっ……、
「かわいすぎるうううううう!」
ぎゅっと抱きしめると、その悩みの種はきゅうん、と小さく腕の中で鳴いた。
+ + +
それはつい二十分前のこと。いつも通り大好きなレモンを八百屋から買占め、ほくほくと歩いていた。心地よい風が肩まである髪を通り抜けていき、その感覚で更に気分を上昇。その上、空は雲ひとつ無い快晴で。まるで私の心の中をそのまま写したようだった。
袋一杯に詰まっているレモンを見つめ、今日の魚のムニエルに添えてやろうと頭の中で考えつつ一人ニヤニヤしながら歩いていた。
この時点まではいつも通り。日常に異変が起こったのは、足元からだった。
「……ん?」
少し味見、と元々切ってあったレモンを歩きながらも口に一切れ含もうとしていると、何やら四角い物体が川上から流れてきたのだ。
「な、何あれ……」
まるでどんぶらこ、どんぶらこという効果音がつくような、ゆったりとした動きで流されている四角い物体。誰かがゴミでも流したのだろうか。そう思い、何事も無かったかのようにレモンを一切れ口の中に放り込む。
うん、この酸っぱさの中にあるほのかな甘みがたまらないんだよね……! ひとかみ、またひとかみと味わいつつしっかりと噛んでいく。噛む度に果汁がにじみ出てきて、口の中だけ天国に行ってしまったのではと思うくらいに幸せだった。
しかし、そんな至福の時間を味わっていてもなお先程の四角い物体のことが頭を離れなかった。
「うーん……」
唸りつつ、もう一度川のほうへ目を向ける。流れはゆったりとしているようで、未だに私の目の届く範囲を流れ続けていた。良く良く観察すれば、その物体はダンボールのようで、中に何か入っているようだ。
……何が入っているんだろう。
ちょっとした好奇心で、レモンの袋を抱えて土手を滑り下り川のすぐ傍まで近寄る。丁度ダンボールは川から突き出た石に引っ掛かっており、不安定ながらも何とかその場に留まっていた。
「み、見えない……」
ぐっと背伸びをして中身を覗き込もうと企むも、白い物は見えるのだがそれが何かというのが不明だ。……仕方ない、諦めるか。何だか虚しい気分になって、ため息を一つ残してこの場を離れようとした、そのとき。