それからというもの。ダンが亮の家に住み始めてから、毎日のように亮の家に足を運んだ。今まで十六年間生きていたけれど、生き物と触れ合うのは初めてのことだった。

 あるときは、遊びに行く前に摘んできた猫じゃらしで遊んであげたり。………なんで猫じゃらしなんだ、という亮からの視線が痛かったけれど。

 あるときは、ダンにレモンを食べさせようとナイフで細かく切って口の中に入れさせようとしたり。………亮に凄い剣幕でレモンを取り上げられたけれど。

 あるときは、一匹いたら百匹は居ると思えと噂の生き物を誇らしげにダンが咥えて持ってきたり。………亮と二人してダンから逃げ回り、いつの間にか家の前の道路まで走って逃げていたけれど。

 あるときは、亮がバイトしてやっと買ったというゲーム機をダンが自慢の牙で噛み砕いてあげたり。………しばらく亮がなぜか私にも口をきいてくれなかったけれど。

 あるときは、雨上がりに虹が出たことでテンションが上がり、ダンとそのまま泥の中を走り回ったり。………泥だらけのまま亮の部屋に入ってこってりとお説教されたけど。

 そんな騒がしいけれど楽しい毎日が続き、気付けば一ヶ月もの時が過ぎていた。

「お邪魔しまーす!」

 高校から帰って家に鞄を置く。手土産にレモンを十個ほど腕に抱え、すぐに下の階に住んでいる亮の家に遊びに行くのが日課となった私は、いつも通りチャイムを鳴らして勝手に扉を開けた。
 いつも鍵かかってないけど……無用心だよね。まあ、わざわざ開けてもらわなくて良いから楽なんだけど。そんなことを頭の中で考えながらも「ダン! 遊びに来たよー!」と家の中に向けて大声を出す。その声に反応して、部屋の奥から勢い良くダンが走りよってくる。……はず。

「……あれ?」

 いつも亮よりも真っ先に迎えにきてくれるダンの姿が見当たらず、思わず忙しなく辺りを見渡す。

「ダン?」

 もう一度名前を呼んで耳を澄ましてみるけれど、鳴き声どころか物音一つ聞こえてこない。……不安が胸を過ぎった。

「……ダン? ……ねえ、ダン!」

 不安を打ち消そうと、靴を脱ぎ捨て腕に抱えていたレモンを放り投げ、部屋の中へと進む。確かにそこに居た形跡のようなものは残っているのに、肝心のダンがどこを探しても存在していなかった。その代わり窓が開けっ放しになっており、カーテンがふわりと風にのって舞っていて。

「おい、また勝手に入って………、……って」

 扉を開ける音が聞こえると同時に亮の声も聞こえた。咄嗟に彼のほうに顔を向けると、ただならぬ様子に気付いたのか目を見開いていた。

「ちょ、どうしたんだよ」

 ぱたぱた、と頬に温かいものが伝っているのを感じる。それが涙だと気付くよりも早く、亮に抱きついていた。

「なっ……」
「ダンが! ダンが!」

 ガタガタと自然に肩が震える。言葉に詰まりながらも「ダンが、ダンが」と名前を繰り返し叫んだ。

「お、落ち着けって」

 な? とあやすように私の背中に腕をまわした亮がぽんぽんと背中を優しく叩く。

「っ……ひっ……く……」

 しばらく背中を叩いてくれていたおかげか、次から次へととめどなく溢れていた涙は自然と止まり、申し訳程度にしゃっくりだけが残った。

「………で、何があったんだ?」

 気のせいか、いつもよりも優しい声色で私に問いかけてくれる亮。その優しさにまた涙が溢れそうになったけれど、ぐっと堪え窓を震える指で指し示しながら、ダンが居なくなったことを伝える。

「……ダ、ダンが……もし事故にあってたら、ひっ、ど、どうしよ……っ」

 そこまで言ってまた目の前が滲む。ぼやけた視界に映る亮の表情は、涙で歪んでいて見えなかった。


「……俺、ちょっと出かけてくる」

 不意に亮が立ち上がった。壁に干していたパーカーをむしるように取り、それを手に持ったまま玄関へと歩いていく。

「ひ……っく、……え……?」

 思わぬ言葉に涙が逆流したんじゃないかというぐらいに乾き、玄関に居る亮の方に目を向ける。上着を羽織ってから振り返った亮は、私に向かって手を伸ばした。

「……お前もくるだろ?」

 探しに、と言葉を続ける亮に返事をする代わりに、玄関に向かって走り亮の手を握った。