「素敵ですよ」


「私はこの国を心からお慕いしているのです」

 思い返せば苦痛で孤独だった受験戦争。必死で逃げ切り、夢物語だとばかりに思っていた高校へと入学してからおよそひと月後……確か、花の色が草木の大半を占めていた時期のこと。
 新生活の中で誰よりも早く知り合った茶道部の先輩に、話題を探りつつ入部に至った経緯を尋ねれば、そんな返答が返ってきた。

「例え諸国からは平和ボケだと罵られたとしても。それでも心から平凡を愛する我が国をとても愛おしく思うのです」

 そう語り始めた先輩の目は凄く生き生きしていたと思う。それでいてどこか遠くを見つめているような。いや、それともこの国全てを見渡し見守っているかのようで。
 申し訳程度に舞っていく桜の花弁が、しゃんと背筋を延ばし縁側に近い場所で落ち着いている先輩をより一層儚げに際立たせている。彼の柔らかな黒髪と桃色のそれは意外にも融け込み、思わず息を止め見入ってしまった。

「だからこそ古き良き伝統を大切に受け継いでいきたいと思っているのです。……すみません。理由としては今一つ、でしょうか」

 そう自嘲気味に笑い、自身の茶器の中で茶柱に寄り添うひとひらの花びらを見つめながら、先輩は目を細めていた。まるでその場面一つ一つが額縁の中での出来事だと錯覚してしまう程に見とれてしまい、少しの間を空けてから慌てて否定の言葉を紡ぎ出す。

「そっ、そんなことないです! 凄いと思います! 素敵です!」
「……おやおや。ありがとうございます」

 手元から私の瞳へと視線を移した先輩は、安心したような、優しいような。はたまた気の抜けたような……とにかく柔らかい表情をしていて、思わず視線を外してしまった。

「お世辞だとしても嬉しいですよ」
「お、お世辞なんかじゃありませんって! 本当にそう思ってるんですってば!」

 舌が操作不能になってしまったのではと思うぐらいに繰り返し繰り返し。先ほどの言葉をこれでもかというぐらいに彼に伝える。
 伝え切ったと思った頃にはもう手の中の温もりはほとんど感じられなくなっていて、慌てて飲み干せば慣れない苦味に顔をしかめてしまい、それを見て先輩がまたくすりと口元を緩ませた。


「素敵ですよ」
(それが私が茶道部に入部するきっかけだった)