さあ、行きましょう
早いもので、七日間という時は風のように過ぎ去っていき。生徒達が忙しなく働いては走り回る文化祭当日がやってきてしまった。
茶道部近くの廊下には人気店が存在しないためか、人通りが極端に少ない。時折、いくつかの足音が聞こえてきただけで貴重だと思えるぐらいに。校庭からは、いつもの歓声の代わりに楽しげな笑い声が聞こえてきて。……そんな中、茶道部はと言えば。
「……ひ、人が来ないなんて考えてもみませんでした」
話し声や笑い声はおろか、茶器のぶつかる音さえも響かない和室は普段の静寂を保ち続けていた。確かに部員も少なく、目立つような功績も挙げられて居なかったけれど……まさかここまでとは。
「すみません! 私が不甲斐ないばかりに……!」
文化祭にも関わらず、変わらずに私の隣で正座している先輩に慌てて向き直ると、嫌に優しげな雰囲気で笑われてしまった。わざわざ足を運んでくださったというのに申し訳ない。手持ち無沙汰となっている両手を漂わせていると、落ち着きなさいと彼のそれに握られた。
「予想はしていたので。去年もお客様だなんて滅多に訪れなかったのですよ」
「……そうですね。そうでした」
すっかり去年の経験を忘れていた。良く良く考えれば練習ばかりに打ち込んでしまい、宣伝行為なんてものは頭から綺麗に消えていて。何だか情けなくなって溜め息を吐き項垂れていると、慌てたように慰められてしまった。ああ、虚しい。
「すみません。……その、言い忘れていたというか、伝え忘れていたことがあるんです」
拳を固く握る。不思議そうにこちらを覗き込む先輩に、罪悪感から目を瞑り口を一文字に結んで数秒。思い切って目と共にそれを開いた。
「もしかしたら、あの……茶道部が廃部するかもしれないんです!」
その一文が口から飛び出た瞬間に全身が小刻みに震えだす。私の世界でだけ時が止まり、一瞬の沈黙が何十秒にも膨張して脳に響いていく。静かに視線が交わり、文化祭の喧騒が耳に届かなくなって。けれど、表情一つ変えない先輩の姿に首を傾げ声をかける。
「あ、あの? 先輩……?」
「はい、何でしょう」
「だから、その……廃部……」
さも当然のように返ってきた声に少なからず動揺し、語尾が近づくにつれ小さくなっていく声。それと共に体全体を縮こませて視線も揺れる。
「ああ、知っていましたよ」
「ええ、知って……え、知っていたんですか!?」
ばたん! と大きな音を立て畳に手を置き先輩に詰め寄る。廃部という知らせよりも私のその行動に驚いたのか、珍しく目を見開いた彼は「ええ」と答えてくれた。
「茶道部の部員が決して多く無いのは今に始まったことでは無いので。去年から続いていることです。予想ぐらいは出来ますよ」
その台詞に脱力し、はあと間抜けな返事をしながら畳に崩れるように倒れてしまった。何だ、そこまで心配しなくても良かったのか。……いやいや、それでも私の代で無くなってしまっては大いに問題有りだ。
「すみません、今年で廃部になってしまったら、その……」
慌てて起き上がり正座し直すも、良い謝罪の言葉が見当たらなくて言葉が詰まってしまう。そんな私の心情を察したか、落ち着かせるように先輩が首を傾げて微笑んだ。
「いえ、良いんですよ。不埒な輩が貴女に寄り添われては私も堪りませんから」
「……え? そ、それはどういう……」
聞き取れなかった訳ではない。はっきりと鼓膜を震わせた彼の発言の意図を問えば、誤魔化されるように立ち上がり手を取られた。
「さて、じっとしていても暇でしょう。少しばかりサボってしまいましょうか」
先輩にしては珍しい理由で手を引っ張られ、そのまま釣られるように立たされる。よろけた私を優しく抱きとめると、彼はそのまま指を絡め縁側へと移動を始めた。そこには二足分の草履が揃えて置かれている。
一足は普段、先輩が私服に合わせるために着けているもの。それともう一足は私が部活用に買い、そのまま置きっぱなしにしていたものだ。
「せ、先輩? どこへ行くんですか?」
「すぐに分かりますよ」
何となく予想はしているものの、はっきりとした確証を持ちたくて疑問を投げかけると見事にはぐらかされてしまった。庭に出て草履を履けば、歓迎するかのように風が緑が揺らして自然の音を奏でる。
耳を澄ます余裕も無く、ぐんと手を引かれて前へ前へと歩いて行った。
さあ、行きましょう
(いつもの場所へ)