また空へとレンズを向け、シャッターを切る。ゆったりと流れる雲が気持ち良さそう。ふっと頬が緩む。
「お前さ」
「何?」
「何で風景……いや、空を撮るのが好きなんだ?」
その質問に、ふとレンズから目を離し彼の方を見る。相変わらず目に優しくない髪色だ。目つきが悪い彼と視線を合わせ、質問に答える。
「空ってね、二度と同じ表情をしないんだ」
「ああ」
「雲の位置だとか、空の色だとか。全部一致することなんてありえない」
「……」
「今、見てる空も二度と見れない表情っていうこと」
「…………」
「良い表情してるのに、もう二度と見れない、その場限りの表情じゃ勿体無いと思うんだ」
「だな」
「だから、私はその表情をカメラに収める。それだけ」
そこまで話して、また私はカメラを構えてシャッターを切る。
「へー」
そう言って彼は再度私を眺め始めた。……何も言わないんだ。てっきり、彼のような不良の類は私の話を笑い飛ばすなり貶すなりすると思っていたのだけれど。
空の写真について話したのは、部長以外では彼が初めてだ。他の知り合いには話す気はなかった。『馬鹿馬鹿しい』だとか『ずれている』だとか言われるのは目に見えている。
……前言撤回。正確には実際に言われたことがある。勤勉が出来ていないと怒鳴る父に空のことを正直に話したら、険しい顔をして私のカメラを目の前で粉々に叩き潰した。一度しかない、綺麗で、色々な表情を、粉々に。
それから私は空の写真のことを誰にも話すつもりは無かった。
何で彼には話す気になったのだろうか。それはきっと、私の写真を気に入ってくれたからだろう。そう自分に言い聞かせ、癖のようにシャッターを押す。
「なあ」
「今度は何」
「チャイム鳴ったけど」
「そうなんだ」
「ああ」
「………」
「………」
他愛の無い会話をし、また作業に戻る。この時間が何だか居心地が良いと思うのは、多分いつもより空が良い表情をしているからだ。そうに決まってる。
最後の三台目が後一枚で使い切ってしまうというときに、前方から何かが聞こえてきた。レンズ越しに彼の方を見ると、心地良さそうな寝息をたてて背もたれに体重を掛けていて。
「寝てるし」
呆れて起こそうかと手を伸ばしたけれど、寝かせてあげようと思い伸ばしていた手を引っ込めた。……さて、最後の一枚はどうやって撮ろう。レンズを空に向けて、良い表情の空が無いか探す。あ、あの波状雲が良いかもしれない。綺麗に縞模様になっている雲を見て、迷わずピントを合わせる。
……が、中々シャッターを切れない。首を傾げ、レンズから目を離した。
彼の方を見ると、まだ気持ち良さそうにすやすやと眠っている。良く良く観察すると、耳に何個もピアスが開いていた。痛くないのかな、それ。ピアスを引っ張ってみたい衝動が襲ってきたが、何とか耐える。
相変わらず心地よい風が彼の金髪を微かに揺らしていた。目はふんわりと閉じられており、開く気配が無い。
彼の寝顔は空みたいに綺麗で、雲のように穏やかだった。
自分の心の内にある感情に気付くよりも早く、ピントを合わせシャッターを切る。いつもより、ほんの少し。ほんの少しだけ、現像が楽しみになった。
空色、恋色
(ああ、この気持ちを言葉にするのなら)(それは、きっと、)