とある夏の出来事でした(短編リメイク予定)


 むっとした暑さが全身を包み込み、図らずとも汗が体中からにじみ出てくるような季節。
 刺すような日差しが全身を貫いていて、とにかくむしゃくしゃして仕方がない。つい先ほどコンビニで買ってきたアイスなんて、この暑さでもうすっかり溶けてしまっているだろう。
 耳を澄ませれば三百六十度取り囲むようなセミの鳴き声。すんと嗅覚を働かせれば草独特の何とも言えない香り。五感の半分程を支配されている気分はあまり良いものでは無かった。
 ……いや、きっと夏の暑さのせいだけではない。私自身を取り巻く人間関係、家庭の環境、金銭問題、受験勉強。その全てが、一直線に最悪な方向へと向かっている。それらは、思春期特有の悩みなんてものが目では無いぐらいのレベルにまで到達してしまっていた。

 全てを投げ出したい。何もかも忘れて、どこか遠いところへ走り去りたい。最近はそんなことばかり思っている。

 じわじわと体の中の水分を捻り出すような暑さは、マンホールの上に小さな陽炎を生み出してゆらゆらと奥の風景を歪めて見せる。足を進めていく内に、カンカンと鼓膜を破るかのように響く警報が少しづつ近づいてくるのが分かった。
 ガコン、と古びた音と共に、黒と黄色のしましま模様でコーティングされた棒が目の前を遮る。足を止めると、少し身を乗り出して直に来るであろう電車へと視線を寄越した。が、姿は無い。線路が一直線に伸びて遠くまで見通せるという状況でも中々姿を現そうとしないそれにまた、苛々。

 ああ、駄目だ駄目だ。今はどんな些細なことでも癪に触る。大人しく線路の向こう側……もう一つの踏切へ視線を移すと一人の少年が立っていた。
 透き通る程の綺麗な銀髪に、サイズが大きいのか足元まで届きそうなぐらいの白いポンチョのような物。ぱっと見るとまるで大きなてるてる坊主が歩いているようだ。

 何でこんな日本のど真ん中に銀髪なんてレア物の頭髪がだとか、ポンチョが大きすぎないかとか、そもそも今の季節にポンチョはちょっとだとか色々と思うところはあったけれどとりあえずまあ。……凄く、その、暑そうだ。
 じわじわと確実に冷気を奪っていっているだろう気温の中、更に気温を自ら上塗りしている彼にとてつもなく違和感を感じた。……いや、この違和感は身なりや頭髪だけに感じているようでは無い気がする。

 もっと別のこう、何とも言えない何か。何かが激しく脳を刺激しているような気分になる。

 ごちゃごちゃとした頭の中が見事に収拾のつけられない状況に陥っていると、不意に彼が顔を上げた。髪とお揃いの銀色の瞳が私のそれを覗き込むように見つめた瞬間、頭の中でがんじがらめになっていた紐がするりと解けた感覚。そうだ、私は。

 思わず目を見開いた瞬間、彼と私の視線を断ち切るかのように電車がゆっくりと風と共に横切った。