はじめて
人間、慣れというのは当たり前に存在するもので。
いくら他とは違う逸脱した出来事がすぐ側で起こったとしても、時が経てば自分の中で『当たり前のこと』とすり替わってしまう。そんな例に漏れず、私にも当たり前のようで当たり前で無い何かが、すぐ側で寄りかかっていて。
そんな何かを受け入れるべきか、日常に居座らせてしまっても良いものか。うんうんと悩みに悩み、いくつかの案を自身に提示してみるけれど。
『この得体の知れない何かを追い出してしまおう』
そんな思考なんて今の私にはもう、微塵も残っていなかった。
+ + +
「何ボーッとしてるの?」
朝食の洗い物をしていると、ふと後ろから気だるげな声と共に気配を感じ視線だけで振り返った。いつの間にか随分と近い距離に移動していた彼の姿を確認して、一旦手を止める。水音が耳に届き慌てて水道を閉めた後、何となく少しだけ距離を取ってしまった。
カーテンから漏れる日差しを、気持ち良さそうに受けながら左右に揺れる尻尾。時折ぴくりと動く灰色の猫耳に、人にしては鋭すぎる歯、爪。青い瞳や銀色の髪。
そんな絵本から抜け出して来たような人物を目の当たりにしてもあまり驚かなくなってきた。昨日一日、ずっと眺め続けれていれば嫌でも慣れてしまう。今更だ。
「う、ううん。何でもない」
「……そう? なら良いや」
そう言って、私が小さい頃に使っていた着せ替え人形でまた一人遊び始めた。見た目は十代後半ぐらいの癖して、小さなオモチャで遊ぶその姿は砂で遊ぶ幼児のようだ。たしたしと手のひらで叩き続ける彼を見て、つい小さく笑い声を漏らす。
例の衝撃的な出会いから一日が経過してしまった。
まさか初対面が……その。少年漫画やなんかでありがちな、ぜ、全裸だとは思わなかったけれど。思い出すだけでもカッと全身が熱くなり、意味もなく視線を漂わせてみる。
お風呂場から上がった彼にはとりあえず、中学時代のジャージを身に付けてもらった。男女の体格差からかサイズが少しキツかったらしく、少しばかり文句を言われてしまったけれど。それでも何も身に付けていないよりかはマシだと必死で説得の末、納得させた。
別の部屋で着替えが終わるのを待って数十分が経ち。さすがに遅すぎると一声掛けてから扉を開ければ、案の定ソファの上で熟睡している彼を発見。呆れて毛布を掛けた後に気持ちよさそうな彼を見て、何だか私も眠くなってしまって。
気付けば彼にお腹が空いたと起こされ、二人で少し遅めの朝食。
そして今に至るというわけだ。
……今日が土曜で良かった。本当に。別に皆勤賞だとかは狙ってないのだけれど、それでも学生という立場上安堵してしまう。
同時に目の端で確かに存在している猫耳が写り、溜め息を吐いた。すっかり馴染んでしまっている様子の彼から何とか事情を聞き出さなければならない。
見ず知らずの人……ましてや同い年に見える少年を事情はどうであれ、一晩泊まらせてしまったのだ。自分のおせっかいな性格をこれ程までに痛感する日が来るとは思わなかった。いつもの自己嫌悪に少しずつ浸り始めていると、悩みの中心人物に声を掛けられ図らずとも肩が震える。
「言い忘れてた。僕、今家が無いんだ」
「……そうなんだ」
「察してよ。寝る場所すら確保出来て無いって言ってるの」
いたいけな少年が困ってるんだけどなー、そうぼやきながらカーペットの上で転がりだした。どこをどう見ても『いたいけ』なんて言う要素が見つかりそうにない。困り果てていると、突如回転を止めた彼はクッションを抱え「駄目?」と小首を傾げた。
……私のおせっかいは更に加速を続けるようです。
はじめて
(同居人第一号は小さな猫兼居候でした)