AM 6:00
「……ん」
ページをめくる手を一旦止め窓の方に目をやると、カーテンの隙間から光が申し訳程度に漏れ出していた。耳と呼ばれる箇所を良く良く澄ませてみれば、小鳥の声が囁くように小さく聞こえてくる。
「もう朝ですカ……」
自らの口から紡ぎ出された上手く発音が出来ない言語に、本を閉じ思わず溜め息をついた。
どうも最近、発声器官にあたる部分の調子が狂い始めている気がする。元々、上手く発音出来ないように“造られて”いるのは自覚しているけれど、それでもやはり何かしらの違和感を感じることがある。……仕方のないことだろうか。
木で出来た質素な机の上に積み上げられた本をそのままにして、机と同じく少し煤けてしまったデザインの椅子から立ち上がる。周りを見渡せば、読書好きな主人の影響を受けた本棚がこの場所を囲むような形で円に並んでいた。
嗅覚は残念ながら機能しないのだけれど、彼女は良く「古びた本独特の香りがする」と言っていたので大分年月は経っているのだと思う。……多分。
時の流れを感じられないボクにとっては、彼女の一言一言は酷くじんわりと心に侵食して残る。決して悪くはない感触だ。
もう時を刻むことが無くなった古びた鳩時計を癖でつい確認してしまい、いけないと首を振る。早く修理をしないと。
ギィ、と重く軋んだ戸を押し開けば、先ほどのカーテンの光と同じだとは到底思えないぐらいのそれが廊下中に溢れ返っていた。
思わず目を細め、顔のすぐ前に手を軽く掲げて影を作り視界をクリアにさせる。彼女がいつもそうして窓の外を眺めているのを真似して。
一歩、二歩、三歩と歩く歩数に比例して朝食のメニュー案が頭の中で次々と浮かび上がってはすぐに消えていった。……何にしようか。そういえば昨日のコーンスープがまだ残っていたんだっけ。温め直してクルミパンと一緒にお出ししよう。
と、不意に窓から白い花びらが一片、柔らかく心地よい風と共に外からゆったりと運ばれてきた。
軌道を辿り窓の外を見れば、無数の花弁で彩られた暖かくもカラフルな世界が視界に広がる。四季を感じられる唯一の存在と言ってもいいそれらをしばらく眺め、後で彼女と共に花を摘みに行こうかと微笑んだ。
季節は春。
彼女が四季の中でとびきり愛し、慈しんだ優しい季節。