AM 10:00


「す、すみまセん! 遅くナってしまいました!」

 焦りのあまり乱暴に扉を開けると、まだ滞在していたのか小鳥達が羽音と共に慌てて窓から飛び立っていってしまった。そんな様子にはっと気付き再度謝罪の言葉を彼女に伝え、食器の中身を覗き見る。

「……また小鳥達に分け与えていたのでスか?」

 どう考えても小さすぎるパンの食べ跡と、机を超える程跳ねて絨毯を汚してしまったスープの残骸に思わずため息を吐いた。

 ……言い訳をするつもりは無いのだけれど、ほぼ全ての時計が機能を停止しているこの屋敷で一度何かに没頭してしまうと、時間経過をすぐに忘れてしまう。
 ふと読み物の合間に窓から空を見上げたら、思っていた以上に日が高く登ってしまっていて、慌ててお嬢様の部屋に戻ってきたのだ。

「きちんと召し上がらなイと、治るものも治らなくナってしまいまスよ?」

 すっかり冷えきってしまったスープとパンの食器を手に取りワゴンに乗せ、彼女の方を見るとただ静かに微笑んでいた。
 手元に置かれた羽根ペンとインク、それと彼女の言葉替わりである羊皮紙には『ありがとう』の五文字が綴られていて、ああもう、これじゃあ怒るに怒れないじゃないか。

「……全く。昼食はきちんと召し上がってくださいネ?」

 今日は天気が良いので庭に出ましょう、と車椅子を取りに隣の部屋に移動し、その間に少し彼女についての思考を巡らせる。


 お嬢様は生まれつき口がきけず、手足がとても不自由で一人では十分に動くことすらまともには出来ない。
 そんな欠陥だらけの彼女に嫌気が差した両親は、幼い少女には有り余る屋敷と財産だけを一方的に託し、遠い親戚である一人の老人に押し付けてどこかへと行ってしまった。

 そんな彼女を哀れに思い、発明好きだった彼が自分が空に旅立ってしまっても寂しくないようにと長い時間をかけて作り出したアンドロイド。
 起動ボタンを押したところで彼は力尽きてしまい、代わりに少年の姿を模したアンドロイドがこの世界に生まれ、そしてその時点で彼女の親代わりがすり替わってしまった。

 初めは戸惑い悲しんだ彼女も、少しづつ心を開くようになり今では家族同然のように扱ってくれている。そんな彼女の優しさに触れ、空っぽだったはずのアンドロイドはいつの日にか心が宿い始めた。
 そっと胸に手を当て、車椅子のストッパーを上げてから移動する。

 彼女が居たからこそ、僕が生まれ、そしてここに在る。
 微笑えみを浮かべた彼女の元に車椅子を押して戻れば、窓から差し込んだ光が彼女の姿を称えているかのように柔らかく照らしていた。