PM 8:00
「遅くナり本当に申し訳ございまセん。 本日はクリームシチューです、どうぞ召し上がってくだサい」
時間が足りずあまり煮込むことは出来なかったけれど、とりあえず食べられる状態にはなったと思う。僕には味覚が残念ながら機能していないので、実際にどうなっているのかは定かでは無いのだけど。
「……アーん」
中々手を伸ばそうとしないので、木のスプーンを少し拝借しひと掬い、お嬢様の口元へと運ぶ。出来たばかりのそれは湯気が主張するように立っていて、上へ上へと昇っていった。外見はとても美味しそうに出来たと思う。けれど彼女は一向に口を開こうとはしない。
「食べてクださい、お嬢様」
夜はしっかり食べないと、と更に寄せてみても変化はない。溜め息をつき、一口分を自分の口の中に入れる。熱い、けれど僕にとってはそれだけのことで何も味はしなかった。
スプーンを木のトレーの上に置き、体重を支えるべく片手をベッドについてそのまま体ごと乗り上げる。お嬢様に近寄り目を合わせようと覗き込んでみても、目が合うことは無かった。あるはずが無かった。
後頭部を右手で支え、目を細めて様子を見てから唇を重ねる。舌を使ってスープと共に具を流し込めば、収まりきらなかった液体が口の端から零れ落ちた。
「……美味しいでスか、お嬢様?」
胸ポケットからナプキンを取り出して彼女の口元を拭い、自分のそれも拭き取って耳元でそう囁いてみる。それでも、やはり反応はなく、手元の紙を見ると例の『ありがとう』の五文字が変わらずにそこにあって。
「……そんナことを聞きたい訳では無いんだけどな」
そんな呟きと虚無感は、闇と同じように月明かりに紛れ吸い込まれるように消えていってしまった。