「……そのマフラー」
唐突にぽつり、彼が呟く。
「君、あの学校の万理?」
私の名前を言い当てた後、彼の細くてしなやかな指が、夜景のある一点を指し示した。提示された位置には確か私の通う高校が建っていたはず。
正直に質問に答えても良いものかと少しだけ迷ったけれど、嘘をつく理由が見当たらなかったので頭を上下に揺らす。……何でこいつ、私のことを知っているのだろう。
「……何でこいつ、私のことを知っているのだろう……っていう顔してる」
彼はどうやらエスパーだったらしい。私の考えてることを一字一句間違えずに復唱してきた。そんなに分かりやすく表情に出ていたのかと更にマフラーで顔を隠す。
「君は自分で思ってるよりも遥かに有名だから」
……何だ。彼が吐いた台詞で、先程の疑問が頭からするりと抜け落ちた。彼もまた同じ。ただの傍観者。下唇を強く噛み締め、再び足元へと目を向ける。
「……マフラー綺麗だね。血液みたいに真っ赤」
「…………」
彼は知ってて言っているのかそれとも何も考えずに発言しているのか。もし後者だとしたら限りなく物騒な人物だ。
なるべく顔を見ないように、見せないようにしながら闇を引き込まれそうになる程に見つめ口を開く。
「……当たり前。私の血が染みてるんだから」
「……君、声が出せたんだね」
「…………」
突っ込むところが違う気がする。私、もっと衝撃的なことを伝えた気がしたのだけれど。驚愕しないところを見るとどうやら彼は前者だったらしい。
「……気味、悪くないの?」
「何が?」
「……だから、マフラー」
「別に」
「…………」
何なんだ、こいつ。今までに無い……何というか、不気味だとか虚ろだとか表現するには少し違うけど、彼独特の不思議な雰囲気を纏っているようで。形を持っていない何かを相手にしているような気分だ。
「血って、鉄分と水混ぜたようなものでしょ」
全然違うわ。人間の構造を何だと思っているのだろう。
「それに、自ら進んで血を染みこませたかったって訳じゃないんでしょ?」
「……何で」
知っているの、そう続けようと体を向けると喉元まで出かかっていた言葉がそこで詰まってしまった。異常なまでに彼が近づいていたのだ。顔を合わせれば、目の前にある彼の瞳に捕らえられる。額に彼のさらさらとした前髪がかかり、くすぐったい。
「…………、」
すぐ目の前に端整な顔が近づいてくると、さすがに私でも少しは焦る。まだ私にもこんな人間らしい感情が残っていたのか。
感情を表情に出さないように彼の瞳を打ち返すように覗き込むと、私の方へ手が伸びてきた。そのまま顔の一部分が優しく撫でられる。壊れ物を扱うように、優しく。相変わらず無表情な彼の手だとは思えない程に。
「ここ」
「……いっ……!」
ずぐりと左頬の下の部分に鈍い痛みが走った。思わず瞳を固く閉じ眉を寄せて耐える。辛い一瞬がすぐに過ぎ去ってしまうようにと願いながら。
彼が何かをしたというわけではない。ただ、そこに優しく触れただけなのに。
「……これ、最近出来た傷だよね」
私には見えないけれど、確かにその部分の傷には身に覚えがある。その傷は今日の放課後、女子数名によってカッターで切りつけられたもの。
「美人は辛いね」
彼が言うと嫌味にしか聞こえない。