幼馴染による愛の追求
「はろー、葵」
夕日独特の色が窓から溢れるように漏れ出し、生徒がまだぽつりぽつりと残っている放課後の教室。
そんな場所に足を踏み入れれば、気の抜けるような声が私の鼓膜を震わせた。
「……はろー、圭人」
同じ調子でそう返せば、少しだけ嬉しそうにこちらに向かって手を振る友人。
彼とは幼稚園、小学、中学、そして高校。 私と全て同じ進路を辿っており……まあ、俗にいう幼馴染というやつだ。
だからと言って別に家が隣だとか、親同士が特別に仲が良いだとかいうそんな共通点は無い。ただただ、進路が同じだというだけ。それだけで何だか奇妙な縁のような物を感じてしまい、いつの間にか行動を共にするようになっていた。
そんな幼馴染君は校庭から流れる部活の音をBGMに、髪色と同じ黒いピンを前髪に付け直している。彼曰く「前髪が邪魔だから妹のを借りた」らしい。じゃあ切れよとつい言ってみたくなるのだけど、どうやら一々美容院に行くという行動すらも億劫に感じるらしく……何とも無気力な人物だ。
窓際の一番後ろという何とも理想的な位置を獲得している彼の方へと歩み寄ると、ふと手首の辺りに毛糸のわさわさとした感触。同時に上から包み込むような体温を感じて首を傾げる。
毛糸ような感触というのはどうやら彼の着ているセーターの物で。手首に目をやると、緩く着こなしているセーターの裾からはみ出ている指先で申し訳程度に掴まれていた。効果音を付けるならそれは『ちょこん』といった可愛らしい感じで。
「……ね、今までどこ行ってたの」
行動とは裏腹に無表情で、語尾を上げることもせずただ淡々と一定の調子で語りかけてくる。
「珍しい。葵が人に呼ばれるなんて」
最低限の言葉で用件を伝えながら手首を時折くいと引っ張られ数秒、答えようかどうか思案してみる。……まあ、下手に嘘をついてもすぐにバレるだろうし。別に良いかな。そんな軽い気持ちで顔を上げると、やけに真剣な瞳の彼と目が合った。
「……少し、立ち話をしていただけです」
「面識の無い人と?」
「ええ、面識の無い方と」
何か問題がありますか? 逆にそう問い返すと、しきりに引っ張られていた手首の揺れがぴたりと収まった。
嘘は付いていない。真実を話しているとも言い難いけど。
「葵って初対面の人と談笑出来るほど器用な性格してたっけ」
「実際に出来てしまったので何とも」
まあ、談笑と言うわりには随分と一方的な会話だった気もする。
「……ふうん。まあ、良いや」
探るような瞳から逃げるように窓の向こう側へと視線を移す。校庭では懸命に走っていたであろう生徒達がハードルを忙しなく片していた。オレンジ色に染まったその風景は、何だか青春という言葉がぴたりと合うような気がして。
「そろそろ帰りませんか?」
無道様に早く会いたいので。そんな本音を小さく飲み込んでそう提案してみると、随分あっさりとした肯定の返事が返ってきた。