不幸と不良は紙一重

「では私はここで」

 いつもの分かれ道では無く、校門を出た時点で圭人に頭を下げる。同じように下校途中であろう生徒達の視線を少しだけ受けながら顔を上げた。

「……どうしたの?」
「少し用事が」
「どうしたの?」
「……少し買い物を」

 普段は帰宅後に再度出掛けて食料や日用品等、生活に必要最低限な物達を調達しに行くのだけど、この時間帯は野菜が安くなっている。
 すっかり考え方が主婦みたいになってきたな。しみじみとしていると「そう」とあっさり返ってきた返事に少しだけ驚いた。
 てっきり付いてくるものだとばかり思っていたのだけれど、どうやら彼は彼で別の用事があるみたいで。ではここで、と再度校門の前で正反対の方向へと別れた。
 鞄の中からタイムセールについて記載されているチラシを探り目の前へ移動させると、赤や黄色で鮮やかに彩られた広告がぱっと目に入った。その内のいくつかは赤い丸で囲まれている。勿論、今日のターゲットである商品達だ。

 暇つぶしにチラシを眺めつつ、頭の中で大まかな金額を計算しながら足を動かし続け約十五分程。横にも縦にも広い自動ドアを見渡しつつ潜る。予想通り賑わっている建物の中から一箇所、果物や野菜を並べている八百屋へと足を運んだ。
 カートを押し一つ一つ手に取っては品定めをしている方々。彼らに習い、私もりんごを一つ手に取って傷が付いていないかどうかを確認する。
 ……無道様に出来るだけ美味しい料理を食してもらいたい。その一心で、注意深く形の良いものを選別してはカゴに入れるを繰り返していった。
 そんな単純作業の中、視界の端にお米が積み重なっているコーナーが目に入った。そういえばそろそろ切れそうだったな、そう頭の端で考えながらそちらへと向かう。

 そんな時だった、これから向かおうとしていたその場所で轟音と共に異変が起きたのは。
 何だ何だ、一体どうしたとざわつく周囲の声で一時騒然となる。半分混乱状態と化した人々の中で一人、その原因を目撃してしまった私はしばし呆然としてしまった。大量のお米の中で溺れているように藻掻く同い年だと思われる少年。

 ……事後だけを見ると一体何が起きたのか訳が分からない状態だけれどもまあ、簡単に説明すれば。
 あまり柄の良くなさそうな、言ってしまえばヤンキーのような雰囲気の目つきが悪い少年。彼が何もないところで盛大に躓き、そのまま重力に任せて派手に転倒してしまい、そこが運悪く例のお米が積み重なった場所で。激しい衝撃により包装紙が破け中からお米が流れ出してしまい、ちょっとした米の池となってしまった。
 そしてやはり運悪く彼がそこに頭から突っ込んだものだから、自身にも何が起こっているのか分からない様子。現在はただひたすらに手足を動かしている。
 ……とまあ、こんな訳だ。

「えっと」

 少年の存在、つまりは事の原因に気付き始めたのか。時間と共にまたいつも通り買い物へと戻っていった集団と、少年の周りを囲みひそひそと囁き合っている集団の二つへと徐々に分かれていった。
 前者はともかく後者はすっかり野次馬と化していて、誰も手を貸そうとする気配が無く、完全に他人任せとなっている。……仕方ないか。

 行き場を見失っているらしく右往左往している手を掴み引っ張りあげる。すると、少しよろけながらも何とか立ち上がらせることに成功。
 お米の波から救出した彼は意外に長身で、長時間目を合わせていると首の後ろを痛めてしまいそうだ。

「あの……」
「転んでねえから」
「……はい?」

 掴んだままだった手を勢い良く払われ、数歩その反動で後退してしまった。呆然と払われた手を抑えている私の視線から逃げるように、百八十度向きを変えた彼は大股で歩き出し。……今度は漏れ出していたお米達に足を救われ転倒。そして再度彼の元に視線が集中した、けれど今回はそう時間もかからずに外されていく。

「……その」
「こ、転んでねえから!」
「え、あ、はい。そうですね……?」

 両手両足を地面につきながら、四足歩行の動物のように移動を開始する彼の赤毛が揺れる。追いかけようかどうか数秒迷ったけど、そういえば買い物の途中だったと本来の目的を思い出した。
 早く無道様のために良質な食品を選抜しなければ。


+ + +


「……よし」

 こんなものですかねとビニール袋を軽く持ち上げ、そのずっしりとした重さで量を確認してみる。ちなみに安くなっていた野菜は無事購入することが出来た。これでしばらくは緑に困ることは無いだろう。
 日は少しだけ落ちてしまっていて、けれど夜と言うにはまだ早い曖昧な時間帯。部活が終わったのか、私と同じ制服を纏った集団がトラック型のクレープ屋に集まって……あれ。生徒達よりも先に列に並び、たった今三段重なった奇抜な色合いのアイスを受け取ったあの赤毛は、もしかして先ほどの。
 何となく彼を目で追っていると、何も無いところで躓き盛大にアイスを地面に叩きつけてしまった。少年少女達が笑いをこらえ、小さな子供は指で惨状を指し母親が叱りながら幼子を連れて行く。これは、その、何だ。とても不運だったとしか。

「あの、これ使いますか?」

 気付けば無道様に与えてもらったハンカチを取り出し、ちょっとした同情心で彼に差し出していた。

「……ああ」

 うつ伏せの彼からくぐもった声が聞こえ、心無しか少し震えながらも体制を立て直している。

「……って、お前はさっきの」
「先程ぶりです」

 ハンカチを手渡す瞬間にばっちり目が合ってしまい、どうやら私のことをしっかりと覚えてくれていたらしく。目と眉の端をしょんぼりと申し訳無さそうに下げていた。

「さ、さっきはすまん……。いや、違う! 俺に構うな!」
「……はい?」

 そう叫んだかと思えば慌てて立ち上がり突然走り出した。けれど数メートルも離れていないところで地面に放置されていた自身のアイスを踏みつけスライディング。思いがけないハプニングに焦っているようで危なげに起き上がった少年。かと思えば流れるように転倒、例のごとく起き上がりそして当然のように転倒。そんな痛々しい行動を繰り返し繰り返し行い、はっと気が付けば人ごみの向こう側へと消えていっていた。
 しばらく呆けたまま、彼の辿った道筋を何も思案することもせずただただ眺めてみる。数秒経過し、我に返って地面に一旦設置しておいた荷物を持ち直した。
 ……ワンパターンな人というか、慌ただしい人というか。少なくとも私の周りには居ないタイプの人間だ。
 決して気のせいなんかでは無いデジャヴ感をひしひしと感じながらも、帰路に就こうと深呼吸を一つ。そこでふとした問題点に気付いてしまった。

「……ハンカチ」

 彼に渡したままだった。……ああ、やってしまった。