お似合いですよ

「結構なお点前で。……どうされましたか?」
「い、いえそのっ別に!」

 お茶碗を元の位置に戻す彼を不必要に見つめすぎていたらしく、不思議そうにこちらを見やる彼とは正反対に視線を逸らす。……どう切り出そうか。
 他の部員も見当たらないし、お茶を出し終えた今この時間はすでに様子を見るという彼の目的は達成したはずだ。今を逃したらもうチャンスは無い。そう自分を急かし慌てて言葉を紡ぎ出す。

「あの、先輩! 一つお話したいことが……!」
「はい、何でしょう」

 足のつま先をもじもじと擦り合わせ、何だか視線のやり場に困り畳のへりを目で辿る。茶道部に入ってからすっかり場をしのぐ際の癖になってしまった。

「えっと、その……。ええっと……うーん」
「……頭の中を少し整理してからお話ください。ほら、深呼吸」
「あ、すみませっ」

 大した内容でも無いのに何を緊張しているんだろう。肺に空気を詰め込んで目を閉じ、酸素を脳に行き渡らせてからゆっくりと肩の力を抜いた。

「……あの、来週文化祭が開催されるのはご存知ですよね?」
「ああ、もうそんな時期ですか。時が経つというのは早いものです」
「それで、ですね! お願いがあるんです!」

 がばり、そんな効果音が似合う動作で正座のまま頭を下げた。指はしっかりと三本畳に添え……あれ、土下座って三つ指をつくものだったっけ。いや、今はそんなことどうでも良いか。目を固く瞑り、畳の目がはげてしまいそうな勢いで大声を出す。

「お茶の作法をどうか! 私に一から叩き込んでくれませんか!?」
「……はい?」
「文化祭までで良いんです! どうか、どうかお願いします!」

 力を込めすぎてじんと痛み始めた指が震え出し、それでも返事をじっと待っていると、何だか呆れたようなため息が聞こえてきて図らずとも肩がびくりと震えた。

「……何だ、そっちですか」
「え、どっちですか」
「いえ、何も。……私が教えるまでもなく、貴方の腕はかなりの物だと思いますよ?」

 先ほどのお茶も美味しかったです、多分そう言いながら微笑んだのだと思う。……視界は畳一色で表情も何も見えないのだけど。

「そうだとしてもです! それでも、どうしても教えて頂きたく……!」
「大丈夫ですよ。どうか顔を上げてください」

 それはつまり、引き受けてくれるといった意味合いで受け取っても良いのだろうか。お礼を言いながら顔を上げれば、そういえばと彼が話し始めぎくりと身体を強ばらせる。……や、やはり駄目だったのだろうか。
 冷静に考えれば唐突すぎる提案の提示。跳ね除けられてしまっても、別段何もおかしなことはない。やはり先輩もお忙しいんだから、

「似合っていますよ、その着物」

 ……はい? 予想していた言葉よりも百八十度違っていたそれを中々理解出来ず、首を傾げたまま数秒。思考回路がようやくその言葉の意味にまで辿りついた頃にはもう、頬どころか全身の熱が高まり鼓動が早足に鳴り響いていた。

「なっ、何を言ってるんですか! とにかく、よろしくお願いしますね!」

 無理やりに場を収めそそくさと道具の片付けをする私に、先輩は口元を隠して小さく笑いを堪えているようだった。……ああもう、恥ずかしい。


お似合いですよ
(その一言の破壊力と言ったら!)