「……自分探し?」

 聞き返された単語にそう、と頷いてオレンジジュースを喉に流し込み、容器を目の前の机の上へと叩きつけるように置く。紙で形成された容器から微かに水音が漏れてきたので、置いた衝撃でジュースが溢れてしまったのかと不安になったけど、そんなことは無かった。

「何それ? 怪談話か何か?」
「違う違う。そのままの意味」

 机を挟んで向かい合うように椅子に座っている同級生にへえ? と興味があるのか無いのかさえ汲み取れない表情で聞き返され、どう説明しようかと画策してみる。ちなみに私は彼と向かい合うために、前の席の椅子を拝借し背もたれ部分に肘を付いて、支えるように右手に顎を乗せている。左手にはジュースの容器。
 すぐ近くにある窓から差し込む強い日差しがじわりじわりと肌を焼いているような気がして、机の上に置いてあった彼のノートを掲げ光から逃げるように影を作り顔を隠した。

「何ていうかさ。今の私って自分のキャラが分からないというか。掴めないというか。そんな感じなんだよ」
「何それ?」

 この暑さで頭でもやられた? と真顔で聞き返す黒髪をノートで軽く叩く。それ俺のなんだけど、と小さく非難を浴びたけれど聞こえていない振りをして言葉を続けた。

「だからさ、少し自分に合ったキャラっていうのを探してみたくて」
「……そんなに深く考えなくても良いと思うけどな。今のままでも良いじゃん」

 彼……楓は、そう言って私が買い与えたいちごみるくをストローで面倒そうに吸いながら軽く眉を寄せた。

「プラスに考えなよ。それって……例えば、言い換えると『自分を見失った少女』とも言えるんだからさ」

 何だか肩書きみたいで格好よくない? と首を傾げられうーん、と唸ってしまう。そういう前向きで直感的な考え方もあるとは思うけど。

「けどさ、『自分を見失った少女』っていう響きは聞こえが良いのかもしれないけど、実際は自分自身に迷走して藻掻いてるだけのただの馬鹿だよ?」
「それって遠まわしに自分が馬鹿だって主張してるつもりなの?」
「あー、そうかもね」

 はは、と乾いた笑いを零して容器を軽く手の中で遊ばせる。……さて、ここからが本題だ。
 ジュースの残りを再びストローで吸い上げ音と共に容器をへこませると、机に乗っかる勢いで彼の方へと身を乗り出す。

「そこで楓君に協力してもらいたいことがあるんです」
「何、急に。君付けとか止めてよ気持ち悪い」

 さりげなく毒を吐かれた気がしたけれど、ここで突っ込んでしまえば相手のペースに飲み込まれてしまう。反撃しようと喉に突っかかった言葉をぐっと飲み込むと、測ったかのように突如窓から吹き込んできた、決して涼しいとは言えない風が体に纏わりついてくるのを感じた。それと共に流れているのではと思うぐらいに、大人びた雰囲気を出している彼の方へとストローの先を向ける。

「私の自分探しでの課題を片っ端から提案していってもらいたいんです」
「……はい?」

 意味が分からないといったように更に眉を寄せた彼の思った通りの反応に、ふふんと得意げな表情で返す。

「さて、今からこの自分探し作戦Aについての説明をします」
「BとかCとかある感じですか?」
「無い感じですね、今のところは」

 言ってみたかっただけなんだ、深く突っ込まないでくれ。その思いが通じたのかどうかは分からないけれど、彼はしぶしぶながら口を閉じ私の次の言葉を待っていてくれた。

「簡単にいうとさ。楓が思いつく限りの性格、もといキャラを教えて欲しいの。そのキャラを私が実際に試してみて、一番しっくりとするキャラを見つけ出していきたいというわけ」
「へえ?」
「例えばドジっ子だとか天然だとか。そんな具合で提案してほしいわけなのだよ」
「ふうん?」

 会話をしているはずなのに、彼は窓から校庭を覗き込んでいるようで一切目が合う気配がない。つられるように視線を辿って校庭に目をやると、サッカーやキャッチボールだとか昼休みならではの盛り上がりを見せていて、何だかこっちまで熱気が伝わってきそうだ。
 ただでさえ暑いのにそれに加えて熱気まで来られたら堪らない。カーテンを閉め強制的に視界を遮断し、不服そうに口を尖らせる楓を今度は素手で軽く叩く。痛くないはずなのに「いたっ」と小さく声を漏らし叩かれたところを撫でるように手で抑える姿が、何だか見た目とのギャップを感じ少し可愛く見えた。

「私の話聞いてた?」
「あーうん大体は。ところでさ、拒否権っていう権利が今の時代存在してるんだけど、知ってる?」
「断る気満々ですね」

 だってそれ十中八九面倒そうじゃん、と折角閉めたカーテンを再び開けられ、日の光が私よりもきめ細かい彼の肌を照らした。
 そう言うと思った。意外にも自分の思っていた通りに事が進み気づかれないようガッツポーズをする。そしてそのまま彼の手に収まっている紙パックを指差した。

「これはなんでしょうか」
「いちごみるくですね。……あ」

 ストローから口を離した彼に「前払いだからね」と畳み掛けるように言葉を投げつけ、交渉は成立したというように椅子から立ち上がる。

「さっき、これを渡すときに『日頃の感謝の気持ちです』とか言ってなかったっけ?」
「人から物を貰うときはまず疑ってかからないと駄目だよ?」
「……肝に銘じておく」

 受け取らなきゃ良かっただの何だのと呟いているのを聞えこていない振りをして、教室の扉の前まで移動し彼に向かってこいこいと手招きをした。説明するよりも素早く実行してしまった方が時間もかからないだろう。
 嫌々ながらも席を立つ彼の姿を確認してから、廊下へと繋がっている扉を思い切り横にスライドする。……自分探しの始まりだ。