「さて、まずは何から始める?」
そう彼に聞いてぐるりと廊下の様子を眺めてみる。先ほどの会話で休み時間が三分の一ほど潰れてしまったけれど、まあ妥協しよう。
ほとんどの生徒は教室か校庭で思い思いに過ごしているようで、廊下は思っていたよりも人がまばらだった。まあ暑いからね。仕方ない仕方ない。多分、私もこの暑さだったら無理無く教室で団扇片手にうなだれていたと思うし。
「最初ぐらいは自分で決めてよ」
うーん、と顎に手を添え数秒脳細胞をフル活用してみる。と、誰でも思い付きそうなキャラが頭の中にぽつんと飛び出してきた。
「あれだ、今流行りの不良キャラ。あれやってみたい」
「流行ってんの?」
「準備してくる」
じゃ、と軽く手を振り廊下を小走りで移動する。準備に戸惑っていたら実行する時間なんてあっという間に無くなってしまう。汗で少し張り付いたシャツの襟付近を掴みパタパタと動かして風を送り込みなら、ある場所を目指して足を素早く動かし続けた。
+ + +
「ただいま」
「……おかえり。早かった、ね……?」
携帯を片手に壁に寄りかかっていた楓の元へと戻れば、思いっきり引いた視線をこちらに向けながら後ずさりされてしまった。
「……そのリーゼントどこから持ってきたの?」
明らかに呆れながらも、私の顔よりも少し上当たりを指差している彼の問いに応える。
「ああ、このカツラ? 生徒会室からちょっと拝借してきた」
「生徒会は一体何を目指してるんだ」
「大丈夫、後でちゃんと返すから」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけどね? 一体お前の中での不良のイメージはどうなってるんだ」
頭にかかっている圧力の元をぽんぽんと手で叩き、きちんと被れているかを再確認してみる。大丈夫、途中で外れる心配は無さそうだ。ほっとしながらもふと廊下の角を曲がってきた男子生徒が視界の端に映り、よしと軽く気合を入れる。
明らかに校則違反な金髪が日の光を反射してきらきらと輝いており、まるで「自分は不良です!」と主張して歩いているかのようだ。このキャラを試すのに適した人物と言える。
「じゃあちょっとレッツチャレンジしてくる」
「え? 本当に言ってる?」
ちょっと待って、と静止する楓の言葉を背中で受け止めながら、ゆっさゆっさと揺れるリーゼントの重みに耐えつつ金髪の彼の方へと走り寄り、後ろから肩を叩いた。
「ようそこのあんちゃん。何か……その、あんちゃん。えー……あんちゃん?」
「……え、俺?」
「うんそう君があんちゃん?」
「いや聞かれても」
「そうだよね、うん。じゃ」
「あ、うん」
「ただいま。別れ際に飴ちゃんもらってきた。あの人良い人だね」
「良い人だねあの人。で、お前は何をしに行ったの?」
戦利品であるペロペロキャンディを楓に見せびらかしながら意気揚々と帰ってきたのは良いものの、今更ながら本来の目的を思い出し漠然とする。衝撃のあまり持っていた飴とずれたリーゼントがぽそりと廊下にこぼれ落ちた。
「……うん、私にこのキャラは向いてないわ」
「豪快に誤魔化したね」
「るさい。次行こう、次」
幸いまだ時間はある。一先ずリーゼントと飴を自分の席に戻すため教室へと再度足を踏み入れた。