「タイムリミットが着々と迫っております楓隊長」
「じゃあ実際に行動を起こそうと努力してみようか爽隊員」

 リーゼントは机の上に置き飴は鞄の中にしまって、もう目的は達成したはずなのに椅子に腰を落ち着かせてしまい、再度楓の机の上でうなだれる。あれだよ、あれ。全て暑さが悪い。これだから地球温暖化は。
 爽なんていう涼しげな私の名前とは相対するこの気温を環境問題のせいにしつつ、体にムチを打って上半身を起こす。そして机の向こう側に居る楓に「次はどのキャラにするか決めてくれる?」と問いかければ、数秒流れた後返事が返ってきた。

「……ぶりっこ」
「何その十二割の人に嫌われそうなチョイス」
「全人類超えてるじゃんそれ。二割は何。微生物辺りにでも嫌われるの? 大丈夫、常に手を顔の前で構えておけばそれっぽくなるから」
「そういうものなの? それ私がやるとファイティングポーズになっちゃわない? ……分かった、まあやってみるよ」

 頼み事をした私に断る権利なんて持ち合わせては居ない。そう察し離れたくないと椅子に張り付く体を無理やり引き剥がし、どっこいしょとどこかおばさん臭い掛け声を漏らしつつ立ち上がった。そしてそのままキョロキョロ、と教室の中を見回してみる。
 私と同じように机の上でうなだれ友達と談笑していたり、はたまた団扇片手に何かをもさもさと頬張っていたり、この暑い中真面目に予習をしていたり。……と様々な人が思い思いにこの時間を過ごし、つぶしている中立ち上がって移動している男子生徒を一名発見。
 よし、次のターゲットは君だ。悪く思うな未来が明るい少年よ。

 どうやら教室から出るようで扉へと向かう彼に狙いを定め、下準備を軽くする。スタンバイおっけー。手の中にハンカチが一枚、しっかり握っているかどうかを再確認し、近寄る。近寄ると言ってもにじみ寄るようなそれではなく、あたかも彼とすれ違うかのように自然を装いながら。
 そしてすれ違う手前、今だと彼の目につくようハンカチから手を離す。勿論種も仕掛けも無いハンカチはそこらを浮遊するわけではなく、重力に逆らわずに床へと接触しそこに落ち着いた。ここからだ。彼が「あ、」と声を漏らしたのを聞き取り足を止める。そして振り返った。


「あの、ハンカチ落としましたよ?」
「あ、落としちゃった! ごめんねぇ! キャハッ」
「……」
「……えへへっ」
「…………」
「…………」
「…………えっと」
「すみません拾ってくださりありがとうございます申し訳ありませんでした失礼致します」
「……いえ」


「あれ思いっきり引かれたよね。どちらかと言うと引かれてたよね。何か、うん、引かれてたよね。っていうか確実に引かれたよね今」
「分かった。分かったから」
「私今顔から火が出てない? 凄い顔熱いんだけど煙とか出てない? そもそも煙って何で出来てるの? 何で空中で何事もなかったかのように溶けていくの不思議じゃない? 不思議だね、不思議だわー」
「うん、ごめん。俺が悪かった。無茶振りしてごめん本当」
「あの空気に耐えられませんでした」
「良くやった爽隊員」

 ハンカチを奪い取るように返してもらった後、真顔で楓の机へと真っ直ぐ帰還し流れるように椅子に座り机の上に顔を伏せた。どうやらその様子を見ていてくれたようで、頭で楓の体温がぽんぽんと付いては離れるのが感じてとれる。撫でられると余計に先ほどの光景が思い浮かんでしまうんですが。ぶりっこの方々はいつもあんな状況に耐え抜いて日々過ごしているんですね。知りませんでした。そして出来ることなら時間を巻き戻してしまいたい。多分今ので無意味に寿命が減った気がする。
 自然と頬に血液が集中するのを感じるも、時間が無いことを思い出し顔を上げる。急に顔を上げるとは思わなかったのか少し目を見開いている楓に「次の課題をお願いします」と簡潔に伝えた。